ホノルル空港から1時間弱、ハワイ島のヒロ(Hilo)へやってきた。島内を走る「ヘレオンバス(Hele-On Bus)」でヒロ空港とダウンタウン、キラウェア火山(Kilauea Volcano)を結ぶ近郊の路線バスに乗ってみることにした。
ヒロの玄関口である空港からダウンタウンの「モオヘアウ・バスターミナル(Mo’oheau Bus Terminal)」へは日中1時間に1本の間隔で運行されている「101番・ケアウカハ(Route 101 Keaukaha)」でアクセスできる。
空港ターミナル前に白と赤の若干派手なバスがのんびりやって来てドアが開くと、かなりの年齢とおぼしき運転手が「やあ、いらっしゃい」といった感じでにこやかに出迎えてくれた。他に乗る客も、乗っている客もいない。
外装は華やかに変えられてはいるが、車両自体はオアフの「TheBus」から譲渡されたものらしく、車内にはTheBusのロゴもかすかに残る。
プラスチック製の硬いベンチ型座席や水垢で汚れて外が見えづらくなった窓など、少し昔のオアフ島での路線バス旅を思い出す。雨の多いヒロを走り続けているせいか、ワイパーの動きが左右でまったく合っておらず、傷んでいるらしい。
ヘレオンバスは少し前に車両の老朽化で路線の運休が相次ぎ、島民らの信頼を失った苦い経験がある。そのため、近い未来に古いバスをすべて新車に置き換える目標を持つ。
ただ、TheBusのように客が多ければ車両に投資する価値もありそうだが、こちらは無料だというのにヒロを代表するトップナンバーの市内路線に誰も乗っていないのは心配になる。

101系統の路線図、黄色い部分は日曜日のみ経由。ヒロ空港には往路のみ立ち寄るので、ダウンタウンのモオヘアウ・バスターミナルへ行くにはいったん終点まで行って折り返す必要がある(ヘレオンバス公式サイトの路線図に日本語表記などを加筆)
バスは中心部のダウンタウンとは逆の方向へ向かって海岸沿いの道路を走っている。
この101番バスは片道だけ空港に足を伸ばすのでダウンタウンから空港までは最短で着くが、中心部へ行くには一度街はずれの終点まで行ってから折り返す形となる。
ビーチ沿いを通るカラニアナオレ・ストリート(Kalanianaole Street)は天気が良ければ美しい車窓が楽しめそうで、雨の少ない西海岸なら確実にリゾートホテルが建ちそうなロケーションだが、今日は鉛色の空と雨のせいか、日本の晩秋のような寂しい海岸線が窓の外に続く。

101系統バスの終点はカラニアナオレ・ストリート(Kalanianaole Street)の東端にある「リチャードソン・ビーチパーク(Richardson Beach Park)」。この小さな別荘地で折り返し再び中心部へ向かう
道路が尽きた地にある小さな別荘地めいたビーチで折り返し、来た道を再び戻るが、相変わらず誰も乗ってこない。日本では高齢者という範疇に入りそうな運転手が時おり話しかけてきて、いかにも離島の路線バス旅らしくなってきた。
日本でも島の路線バスに乗ると客がほとんどおらず、運転手による地元観光案内はもちろん、停留所以外の場所で記念写真の時間を設けてくれたり、路線外のエリアまで周遊してくれたりしたことがあったことを思い出す。
ハワイ第二の都市を走る市内バスといっても、大都市のホノルルなどから見るとここは太平洋の離島なのだなと、貸切運行のような車内で思う。
市街地に近い小半島の観光ホテル街「バニヤン・ドライブ(Banyan Drive)」に立ち寄ると、ホテル勤務者らしき人たちが3人ほど乗ってきて、ようやく市内バスらしくなってきたが、10分もしないうちに終点のモオヘアウ・バスターミナルに着いた。
空港からバスターミナルまで、終点まで行って折り返さなければならなかったので40分以上を要したが、通常の観光ではあまり行かないはずの地域を車窓から垣間見れたのは嬉しかった。
ちなみにバスターミナルから空港へ直通する便は20分弱で着けるが、日曜日は経由地が多くなるので所要時間が伸びる。
中心部バスターミナルと見どころ
ヒロのダウンタウン、巨大なバニヤンツリーが生い茂る海沿いの「モオヘアウ公園(Mooheau Park)」内にあるバスターミナルは、ヘレオンバスを象徴する拠点で、平屋建ての“ターミナルビル”も設けられている。
日本のバスターミナルと比較すると、どこか貧相にも感じるが、建物自体は1960年代から存在していたとみられ、2013年には大幅なリニューアル工事が施された。
バスという公共交通機関の地位が必ずしも高くないこの島で、乗降客のためだけに独立した待合室やトイレを設けているのは空港以外に見たことがなく、貴重な存在である。
ヘレオンバスの先祖は「サンパン」という乗物だったと言われているが、その時代から拠点はモオヘアウ・バスターミナルだった。この周辺がいかに歴史深い場所であるかは、目の前に並ぶ低いビル群の重厚な雰囲気からも伝わってくる。(※サンパンについては前の原稿で触れた)
なかでも「ハタ・ビルディング(S.Hata Building)」は建てられてから110年超を経た今も現役で、ヒロのダウンタウンにおける象徴的な建物となっている。
ヒロはこの70年超の間に二度にわたる大津波によって海岸線の街が破壊された。
海に沿って走っていた鉄道の線路は流されて道路に変わり、海岸に近い一帯はその後に建物を建てることはせず、今も公園や駐車場とバスターミナルくらいしかないが、ハタ・ビルディングは海から近い位置ながら何とか生き残った。地下室だけは津波でダメになったらしい。
110年超の歴史を刻むこのビルを建てたのは、ヒロで雑貨店や酒造業を営んでいた畑貞之助(はたさだのすけ=Sadanosuke Hata)という移民の実業家で、完成したのは1912(大正元)年のことだった。
一方、歴史という面ではハタ・ビルディングのちょうど裏手のブロックにある「KTAスーパーストアズ(KTA Super Stores)」というスーパーマーケットにも注目したい。旅行者にとっても、コンビニが見当たらないヒロのダウンタウンでは食料や飲料の調達に最適な店だ。
今ではハワイ島内で7店舗を展開するまでになったこの著名スーパーの創業は1916(大正5)年で、創業者は谷口幸一(Koichi Taniguchi)、谷口タニヨ(Taniyo Taniguchi)というヒロの移民夫妻である。ダウンタウンの店は原点的な位置付けとなっている。
同じく大正時代では、1922(大正11)年に今のヘレオンバスにつながるサンパンを“発明”したのが楠本福松(くすもとふくまつ=Fukumatsu Kusumoto)という移民だったと言われている。
明治元年(1868年)以降、無数の日本人が新天地を求めてハワイへ渡り、厳しい農作業に従事してきた。
畑や谷口のような事業成功者と、楠本のように思わぬ形で名を残すことになった移民はほんの一握りだが、1世紀以上経った今もその足跡を感じられることは素直に嬉しい。
ハワイ島を訪れる際、リゾート地のコナではなく、ヒロの街にひかれてしまうのは日系一世の息遣いが感じられることが大きいのかもしれない。
そんな街のど真ん中にヘレオンバスのターミナルが置かれていることも、個人的には安心感につながっている。
なお、通り一遍の観光ガイドを記しておくと、バスターミナルと道路を挟んだ目の前には、ガイドブックにもよく載っているフリーマーケット的な食品市場「ヒロ・ファーマーズ・マーケット(Hilo Farmers Market)」がある。
ファーマーズ・マーケットの並びにはハタ・ビルディングを含めたクラシカルな低層ビル群による商店街が形成され、土産物店も目立つ。
ヒロのダウンタウンには今も古い建物が一定数残っているので付近を散策するだけでも楽しめるし、バスターミナルから5分も歩けば「太平洋津波博物館(Pacific Tsunami Museum)」も置かれている。
雨の多さは難敵だが、バスを待つ時間が長くなっても付近には訪れるべきスポットが多く、退屈するようなことはないだろう。
ヒロと火山を結ぶ「11番バス」
公園内に置かれていることもあって、どこかのんびりとした雰囲気のある「モオヘアウ・バスターミナル」だが、待合室や周囲にはホームレスとみられる人たちも目立つ。
ホノルルで増えているように、ハワイ全体でそうした傾向にあるようだ。前に訪れたのはもう15年ほど前だが、その時にはホームレスなど見かけなかった。
一方、ヘレオンバスを見ると、当時と比べて観光客にとっても良い変化が多い。これから乗る「11番・レッドライン(Route 11・Red Line)」はその象徴といえる。
この11番バスは、ヒロと「ハワイ火山国立公園(Volcanoes National Park)」への出入口となるビジターセンター(Visitor Cente)の間を片道1時間10分ほどかけて結ぶ。
ヘレオンバスは、かつて低所得層の移動手段を確保するという福祉的な側面が強かったようだが、近年は島内全体の公共移動手段を確保するという色彩が濃くなりつつある。CO2の削減を目指した「モーダルシフト」と呼ばれる動きの高まりも影響しているのだろう。
そのためか、8年ほど前からヒロ空港に乗り入れたり、その前にはキラウェア火山まで延長運転したりと観光客のニーズにも徐々に応えるようになってきた。島内横断路線の便数も格段に増えている。
少し古いが、2017年時点の調査ではヘレオンバスにおける観光客の割合は7.6%だったという。少ないようにも見えるが、15年ほど前に乗った時は1%もいないと感じるほどだったので、大きな進化だと思うし、今調査すればまた違った結果になるのではないだろうか。

11番バスの時刻表、運行は実質1日4往復だが、観光にも使いやすい時間に設定されている。左下には火山国立公園へ入る際には1人15ドルの入場料を運転手に支払うとの表示も(ヘレオンバス公式サイトの時刻表に日本語表記などを加筆、時刻表は2023年9月時点)
11番・レッドラインの運転本数は1日あたり5本程度とそれほど多くはないが、朝5時台の便以外は観光客を意識したダイヤとしており、キラウェアのあるハワイ火山国立公園では3時間から最大で9時間超の滞在が可能となる。
レンタカーを借りたり、ツアーに申し込んだりしなくてもキラウェア火山を自由に散策できるのは有難い。しかもヘレオンバスの運賃は当面無料である。たとえ有料だったとしても片道わずか2ドルだ。
島最大の買物スポットとヘレオン
10時40分発のキラウェア火山行きは、5人ほどの客を乗せてモオヘアウ・バスターミナルを出発した。
TheBusからの譲渡車を走らせている市内便とは違い、こちらは長い車長の大型バスを使っており、10年ほどの間にヘレオンバスが独自に購入した車両だという。古いバス車両が多いなかでは新しい部類に入る。
前方の行先表示機は「VOLCANO(ボルケーノ=火山)」とか「VOLCANOES NATIONAL PARK(火山国立公園)」とか「RED LINE」と一定間隔で変わっていくので、乗車時に少し悩んでしまいそうだが、路線番号の「11」という数字が頼りになる。
ヘレオンバスに路線番号が導入されたのも最近といえる時期で、この点も進歩といえる。かつては行先だけの表示だったので乗車時の難易度は高かった。
なお、「レッドライン」という色を使った路線名はこの火山行の11番と、島の真ん中を突っ切ってヒロとコナを横断する2番の「ブルーライン(Blue Line)」、西海岸のカイルア-コナと東海岸沿いのホノカア(Honoka’a)を結ぶ76番「グリーンライン(Green Line)」にしか付けられていないが、これらは急行ルートなのだという。
ヒロのダウンタウンを出た火山行バスは、行政機関や大学といった郡庁所在地らしい施設の近くを通りながら乗降もアナウンスもなく進み、街外れと言える位置に置かれたショッピングセンター「プリンス・クヒオ・プラザ(Prince Kuhio Plaza)」に20分ほどかけてたどり着く。
ここは島内で最大と言われる大型買物スポットで、以前からヘレオンバスが乗り継ぎ拠点としていた。
かつてショッピングセンター正面玄関に近い場所から発着していた記憶があるのだが、今は裏通りの道路上に独自の小さな待合室が設けられている。
ヘレオンは、郊外のとある街でもショッピングセンター内を主要拠点としていたが、乗客に対して敷地内を歩き回らないようにとか、ごみのポイ捨てをするなとか、安全面の懸念から警備員を雇う予定であるといった“警告”めいた文章をヘレオン側が出し続けた末、その後にバス乗場を何もない敷地外に移動していたことがある。
公共交通機関の乗場ということで買物客以外の人間が長時間にわたって居座わるようなことが起きて、ショッピングセンター内から追い出されたのだろうか。それとも乗客が多くなって施設側に支障が生じたのか。
ヘレオンは今後、主要拠点に待合室などバス停に必要な設備を整備していく考えがある。電柱や交通標識のポールに取り付けた小さな看板とステッカーだけがバスターミナルやバス乗場の目印だという現状には、問題意識を持っているようだ。
近い未来に乗客が増えて路線バスの地位が高まり、ショッピングセンター側から「ぜひ玄関口に乗り入れを」と言われるくらいになって、島の交通手段の主役に変わっていることを個人的には熱望している。わかりやすいバス停や車内アナウンスもあればなお良い。
意外と近いキラウェア国立公園
プリンス・クヒオ・プラザから5人ほどの客を新たに乗せたバスは、郊外の幹線道路に入っていく。
ヒロのダウンタウンは古い商店街のような町並みを残していたが、郊外のロードサイドは日本と同じように大きな商業施設が目立ち、ヒロ発祥の「KTAスーパーストアズ」もバスターミナル近くにあった店の何倍も巨大だ。
車中心社会の象徴といった車窓が続く「カノエレフア・アベニュー/州道11号線(Kanoelehua Avenue/Highway 11)」を南下し、ヒロの街を外れると家々の数が急に少なくなる。
極端な田舎でもなく、都会とも言えない郊外の宅地街に立ち寄りながらキラウェア火山へと近づく。150年くらい前の旅行者が命がけで山へ近づいていたことを考えると失礼な言い草だが、車窓は意外と単調だ。
英語で火山を意味するボルケーノ(Volcano)という名が付けられた集落を過ぎ、州道を離れるとすぐに終点のビジターセンターに着いた。
観光客なのかそうでないのか分からない雰囲気を漂わせる7~8人の客が降りた火山国立公園は、入場料が必要となっているため、ヘレオンバスで着いた場合は運転手に1人15ドルを支払う、と時刻表や公式サイトに書かれている。
まったく徴収する気配がなかったので、愛想の良い運転手に尋ねてみたが、こちらの英語力不足もあって「15ドル?とりあえずあっちの方に歩いていけば良い風景が見られるよ。次のバスは15時15分発だから遅れないようにね」と笑顔で返されただけだった。
今日は平和な火山も頻繁に噴火
ヒロのダウンタウンから1時間と少しという距離もあり、郊外の手軽な行楽地といった感覚にもなるが、ここは頻繁に噴火する活火山である。
キラウェアは今年2023年だけでも1月から3月の61日間、6月は6日間と定期的に噴火しており、少し前の2018年5月に起きた大規模噴火では流れ出した大量の溶岩流がいくつかの街を飲み込んだ。
最近では、キラウェア(1247メートル)より標高が高いとなりの「マウナ・ロア」(4169メートル)でも2022年11月に38年ぶりとなる噴火が記録されている。
これまでの歴史でキラウェアとマウナ・ロアが同時に噴火することはめずらしいようだが、2022年はそれが起きている。もし両方ともに大噴火となれば、街はただごとでは済まないだろう。
朝の雨が嘘のように心地よく晴れたなか、少量の水蒸気くらいしか見えない遊歩道を歩いていると、箱根の大涌谷あたりを散策している気分になってくるが、今噴火されて突然溶岩流が噴き出してきても困る。
5年前の2018年に起きた大規模噴火を記録した写真などを見ると、赤黒い溶岩が街を少しずつ飲み込んでおり、キラウェアが神の住む地として畏怖され、噴火は神の怒りだと恐れられていたことが頷けるほどのパワーに見えた。

USGS(United States Geological Survey=アメリカ地質調査所)の公式サイトに掲載されている2018年5月に噴火した際の航空写真、流れ出した溶岩流が人の住む場所を飲み込みつつある(2018年5月19日、Hawaiian Volcano Observatory=ハワイ火山観測所撮影)
今のところキラウェアでの噴火は、登山者に多数の犠牲が出た日本の御嶽山のように水蒸気爆発をともなうことは少なく、大量の溶岩が流れ出す類のものらしい。阿蘇山のように石から身体を守るための「避難所」は見当たらない。
唯一の観光施設「ボルケーノハウス」
ボルケーノが日本の火山観光地と異なるところは、観光施設がほとんどないことで、建物と言えば簡素な平屋建てのビジターセンターと、少なくとも150年近くは営業しているホテル「ボルケーノハウス(Volcano House)」くらいだ。
日本的な感覚では当たり前な名物の饅頭とか黒卵とかそういったものを販売する売店や、いつでも飲料を買える販売機などは一切設けられていない。
噴火口を間近に見られる唯一の宿泊施設として昔から有名だったボルケーノハウスは、一説によると日本では江戸後期にあたる1846年にはここに宿らしきものがあったとされ、明治に入る少し前の1866年には建物が設けられたという。
“トム・ソーヤーの冒険”を書く前に新聞社特派員をつとめたマーク・トウェインや、日本の奥地を含めてそこら中の国を旅している英国の旅行家イザベラ・バードが苦心の末にたどり着いたこの地で近代的な宿があることに歓喜し、夜に火柱が見られたことに感動したなどといった文章を書き残しているので、相当に古い施設であることは間違いない。
由緒あるボルケーノハウスだが、頂上部でただ一つのレストランと土産物店も兼ねており、ビジターセンターとともに火山観光者が気軽に立ち寄れる観光スポット的な存在になっている。
噴火すると見物客が殺到するらしいが、ここ数カ月は山の機嫌が良いのでそれほど混んではいない。
豪華でも古風でもないレストランで、高いのかそうでないのかよく分からない価格帯の昼を食した。飲食物を自ら持参しない限り、キラウェアではボルケーノハウスに頼るしかない。
常に活動中のキラウェアは噴火口一つとっても巨大すぎるうえに形が頻繁に変わり、火口の底に消えた散策道もある。なかなか全体像がつかめないまま、火山だということを忘れてしまうくらい心地よい好天下のなかで歩きまわっていると、次のバスが出発するまでの3時間超はすぐに過ぎた。
路線バスの不思議な客層とともに
11番バスのヒロ行には、またも観光客かそうでないのかの判別がつきづらい人々が5人ほど乗り込み、来た時と同じ幹線道路をひた走る。
ヒロの市街に近づくにつれて客が増えていき、プリンス・クヒオ・プラザを出た時には座席の半分以上は埋まっていた。ハワイ島へ来て初めて賑やかなバスを見た気がする。
途中から乗ってきた背の高い白人の中年男性は、独り言を喋り続ける類の人で、日本だったら都心の公園あたりで同じような人を見かける。直接的な害はないものの、密閉された車内で時間を共有するのはなかなか大変だ。
私は英語力の都合で内容はよく分からないのが幸いだが、延々と自らの脳内世界を発信し続ける男の声を聴きながら、運賃が無料でなければ果たしてこの手の人は乗るのだろうかと想像してみる。
この路線の客は火山観光とおおよそ不似合いに見える人たちばかりで、ホームレスと見間違えそうな女性もいたし、「いかにも観光客」というような人は一人も現れなかった。そんな人はツアーに参加しているのだろう。
車窓に海の姿が見えてきたので、11番バスはまもなくモオヘアウ・バスターミナルに着く。
路線バスは、乗り合わせた客の目的や行先が異なるから面白いということをあらためて思ったが、相変わらず例の男は独り言を発声したままで、他の客は早く終点に着かないかと待ちわびているようだった。(終)
(2023年10月公開)
(※)ヘレオンバスや島内横断路線については前の原稿「ハワイ島を走る『ヘレオンバス』の今」も参照を
(※)一連の「ハワイ鉄道・バス紀行」として公開した原稿一覧はこちら







































