レイルジェットでザルツ&ウィーンへ

ドイツ南部の大都市・ミュンヘン(München)からオーストリアの首都・ウィーン(Wien)へ、約470キロにわたる車窓と途中のザルツブルク(Salzburg)での観光を楽しみながら、オーストリア連邦鉄道「ÖBB」が誇る高速列車「レイルジェット(Railjet)」で旅をした。ウィーンまでの鉄道路線とザルツブルクの交通についても詳しく紹介したい。

ÖBB=日本語では「エー・ビー・ビー」や「エー・ベー・ベー」などと表記されるが、発音は「ウー・ビー・ビー」に近い

英国ロンドンから始めた鉄道での移動も最後の区間となり、オーストリアの首都・ウィーンで約2000キロの全行程を乗り通したことになる。

まずは、ミュンヘン中央駅(München Hbf=Hauptbahnhof)から国境を越えるレイルジェットでオーストリア・ザルツブルクまで行こうと思う。

ミュンヘン(独)→ザルツブルク→ウィーンまでの鉄道ルートeurail.comの「ユーレイル路線図 (Eurail map)」を加工・加筆して制作)

ドイツ第三の都市を代表する中央駅は2019年に駅舎が取り壊されて以降、風景を変えるほどの大工事が続いており、周辺は雑然としている。

地下深くに新たな鉄道線(Sバーン第2本線=Neubau der 2.S-Bahn-Stammstrecke München)を通したうえで、地上には全面ガラス張りの7階建て巨大駅舎を新築する計画だという。

ミュンヘン中央駅正面にあった駅舎は解体されて出入りができないため、ホームへは左右の出入口や地下道からアクセスする形となる(2024年12月)

ドイツ鉄道「DB」のサイトでは新駅舎の完成は最短で「2029年」と読み取れるような書き方をしながらも明言は避け、地下線を含めたすべての完成は最長で「2039年」までかかるとの報道も見られる。

いつ工事を終えるのかはよく分からないが、当分の間は中央駅の利用者が心地よい気分になることはないのだろう。

ミュンヘン中央駅のホームもコンコースも工事で落ち着きが見られないが、終着駅タイプの駅であることは変わらない(2024年12月)

オーストリア発の高速列車ブランド

それでも行き止まり式のホームに停車している列車編成を眺めてから乗車できる喜びを味わえるのは、多くの列車が始発着とする中央駅ならでは。長期工事中の現在(2024年12月)もこの点は変わっていない。

8時16分発のザルツブルク中央駅(Salzburg HBF)経由、シュヴァルツァッハ=ザンクトファイト(Schwarzach-St.Veit)行のレイルジェット「RJ 111列車」は、終端式の11番線に「ÖBB」と書かれた赤い電気機関車を最後尾として停まっていた。

ミュンヘン発の「レイルジェット」はオーストリア鉄道「ÖBB」マークの赤い電気機関車が最後尾となっていた(2024年12月)

機関車は先頭で引っ張るのが通常だが、このレイルジェットは先頭客車に備えた運転室から後方の電気機関車を遠隔操作し、押してもらう形で走ることもできる。

こうした方式は「プッシュプル列車(Wendezug/Push-pull train)」(※)と呼ばれ、欧州の鉄道ではよく見かけるが、日本にはほとんど無い。

)日本では主に編成の先頭と最後尾に機関車を付けた状態をプッシュプルと呼んでいるが、世界的には片側から機関車が押し引きする形を呼ぶことが多い

機関車の位置が前方でも後方でも入れ替える必要がないため時間を短縮でき、行き止まり式になった「終着駅タイプ」の駅が多いヨーロッパならではのスタイルといえる。

オーストリア鉄道の高速列車ブランド「レイルジェット(Railjet)」は2008年に登場し、中央ヨーロッパを中心に国内外へ路線を伸ばす(2024年12月)

そんなプッシュプル方式で運転されるレイルジェットは、2008年にオーストリア連邦鉄道「ÖBB」が最優等列車として新設した高速列車のブランドで、ワインレッドの車体が印象的だ。

フランスの「TGV(Train à Grande Vitesse)」(1981年~)やドイツの「ICE(Intercity-Express)」(1991年~)ほどの歴史はないが、すでに登場から15年以上が経過し、現在ではオーストリア発の国際列車としてドイツやスイス、イタリア、チェコ、スロバキア、ハンガリーにも乗り入れるなど、中央ヨーロッパを中心に知名度を上げつつある。

オーストリアの隣国・チェコ鉄道ČD(České dráhy=チェスケ・ドラヒ)」では、2014年からレイルジェットの車両とブランドを採り入れ、独自で運行を始めたほどだ。

一方、レイルジェット1編成の客車は全7両とコンパクトで、2等車4両1等車約2.2両(ファーストクラスと最上級のビジネスクラス)食堂車約0.8両で構成され、国際列車として見ると少し寂しい。

機関車のすぐとなりの2等車両(最後尾または先頭客車)には自転車置場(左奥)と自転車持ち込み客用の席が用意されている(2024年12月)

自転車持ち込み客向け車両のとなりは2等車の「ファミリーゾーン」、ここは全座席を向かい合わせの4人掛けとし、大きなテーブルが付き、車両の端には映画上映コーナーもある(2024年12月)

2等車は4両分が確保されているが、自転車置場や子供連れ向けのファミリーゾーンなど限定的なエリアも目立ち、実質的に“自由”なのは3両ほど。この日(12月27日)はどの座席を見ても荷物棚の液晶画面に「ggf.reserviert」の文字が見えた。

ggf.」はドイツ語のgegebenenfalls(ギギーベンファルス=場合によって)の略で、ドイツのICEもこの表記を使う。reserviertは予約済みの意味だから、誰かが座席を指定している可能性があることを示す。

ggf.の文字が表示されている席は避けたいが、この日の2等車はすべて“予約の可能性あり”だった。ただ、ザルツブルクまでに予約者は現れなかった(2024年12月)

すべての座席が“誰かが予約するかも”というあいまいな状態なので、運に任せてどこかに座るしかない。座席の指定はチケットに3ユーロほど追加すれば可能だが、ここはまだドイツなのであらかじめ席を確保する習慣は薄いらしく、降車駅が表示された予約済み席はあまり見かけない。

この日の2等車は混雑していた(2024年12月)

発車の5分前までに2等車はほぼ座席が埋まり、レイルジェット111列車は8時16分の定刻にミュンヘン中央駅を離れた。

欧州中央の国際列車は7両が基本?

中央駅とセットで必ず置かれている巨大な操車場に停まる数々の車両を眺めながら、列車は10分弱で次のミュンヘン東駅(München Ost)に停車する。

主要駅のミュンヘン東駅(München Ost)からも多くの客が乗ってきた(2024年12月)

ミュンヘン地下鉄「Uバーン」5号線と近郊鉄道「Sバーン」も乗り入れる市内中心駅で2等車の乗客をさらに増やし、通路に立たなければならない人も目立ってきた。人口150万超の大都市圏を走る優等列車として混雑時は7両では足りないようだ。

レイルジェットは機関車と客車7両“半固定編成”なので車両数を柔軟に調整するのが難しいと言われているが、かつての「EC(ユーロシティ)」など純粋な客車列車だった頃の国際列車は長編成かつ長距離運転が多く、都心部で立ち客を出さない一方で地方都市では需要以上に編成が長かった記憶がある。

運転台付き客車(制御車)側から見たレイルジェット、専用の機関車1両と専用客車が7両(うち1両は運転台付き制御車)の半固定編成としている。客車を増やす場合は、機関車ごともう1編成をもってきて連結するため、編成の中間に機関車が入る形となるらしい(写真はpixabayより)

登場当初のレイルジェットは、席の無いビッフェ的な「ビストロ」と名付けた設備だけで食堂車を設けず、持ち込み自転車の収容場所もなかったため、客から苦情を受けて後に設置することになったと聞く。加えて、座席も荷物置場も足りないとの声もあるようだが、車両数は増やしていないので、マーケティングに基づいて7両でちょうど良いという判断なのだろう。

チェコ鉄道「ČD」のレイルジェットはカラーリングが異なるが機関車+客車7両の編成は同じ(写真はPhotoACより)

スイス・チューリッヒとミュンヘンを結ぶ電車タイプの「EC」も7両だったし、ドイツのICEも7両が基本編成となっているので、中央ヨーロッパの国際列車は7両編成が最適だという共通理解があるのかもしれない。

雪景色のなかローゼンハイム駅へ

この日はクリスマス休暇中なのか学生風の若い客層も目立ち、ドイツ語で何を話しているのかは分からないがとにかく車内が賑やかだ。

ミュンヘン東駅を出ると雪模様となった(2024年12月)

ミュンヘン東駅を出て5分も走らないうちに外は灰色の空と雪景色に変わったが、それもわずかな時間で、今度は白くなった木々が青空に映えるようになった。

北海道の岩見沢から美唄あたりの平野部を走っているような車窓だが、原野の広大さは感じられず、人の気配をどこかに残しているのがヨーロッパらしいと思う。点在する小さな街や集落がすぐに現れるし、冬の農地も丁寧に整備されている。

吹雪のような気候を抜けるとすぐに青空が広がった(2024年12月)

窓の外に映し出される朝陽と雪を味わっている間に、列車はミュンヘン東から30分ほど走って、ローゼンハイム(Rosenheim)駅のホームに停車した。日本では菓子やら店の名やらとして使われ、どこか親しみを感じるドイツの地名だ。

人口は6万5000人超とそれほど大きな街ではないが、オーストリアのチロル州にあるクーフシュタイン(Kufstein)やインスブルック(Innsbruck)方面への分岐駅でもあり、大半の列車が停車する。

ローゼンハイム(Rosenheim)のホーム、ミュンヘン~ザルツブルグ間では重要な駅だが、速達便の「RJX=Railjet Xpress」は停車しない列車も(2024年12月)

昔、インスブルック側からザルツブルグまで列車に乗ったことがあり、その際はローゼンハイム経由でいったんドイツに入ってザルツブルグ・ウィーン方面へ向かうので「回廊列車(Korridorzug)」と呼ばれていた。オーストリアの国内列車扱いとするため、ドイツ国内は近道として通過するだけでローゼンハイムを含めて未停車だった。

レイルジェットは速達と通常の2種

ローゼンハイムで立っている客がいなくなったレイルジェットの111列車は、アルプスの麓に位置する小ぶりな「シムス湖(Simssee)」と「ラングビュルクナー湖(Langbürgner See)」、そして“バイエルンの海”とまで呼ばれる大きな「キーム湖(Chiemsee)」の間を縫うように走っていく。

列車は3つある湖の脇を縫うように走る(2024年12月)

水面がちらちら映る程度で車窓としての見どころは多くないが、夏はレジャー客で賑わうであろう華やかなエリアだ。

レイルジェットには、「レイルジェット・エクスプレスRJX=Railjet Xpress)」と通常のレイルジェットRJ)の2種類があって、RJXが速達タイプで停車駅が少なく、ローゼンハイムにも停まらずミュンヘンとザルツブルグの間をノンストップで1時間30分で走る便もある。

RJX(Railjet Xpress)と違って通常の「RJ=Railjet」は停車駅が多く、ミュンヘン~ザルツブルグ間ではローゼンハイムなどドイツ国内の途中5駅に停車する(2024年12月)

一方、今乗っているのは通常タイプの「RJ」なので途中5駅に停車し、ザルツブルグまで1時間43分を要するが、駅周辺の街並みを眺めるうえでは少しでも停車駅が多いほうが有難い。

ミュンヘンから1時間弱、9時12分の定刻から3分ほど遅れてプリーン・アム・キームゼー(Prien am Chiemsee)というキーム湖畔にある人口1万人超の駅に停まった。停車駅のレベルが昔の日本にあった“ローカル急行”ぽくなってきて嬉しくなる。

湖畔のプリーン・アム・キームゼー駅は、「プリーン・アシャウ鉄道=キームガウ鉄道(Bahnstrecke Prien Aschau=Chiemgaubahn)」という全長10キロ弱の支線が分岐しており、ドイツ鉄道「DB」マークを付けた2両のディーゼルカーが停車していた(2024年12月)

なだらかな丘も湖の車窓も心地よいが、大小3つの湖に沿って線路が曲がっているので、高速列車と称されているレイルジェットも大して速度は出せていない。

ドイツ鉄道DBとしてはミュンヘンとオーストリア間を結ぶ“ヨーロッパ横断ルート”上の支障であるとして、ローゼンハイムを経由しない真っすぐな高速線の計画を立てているというが、ミュンヘン駅の大工事と同様にいつ完成するのかは分からない。

ミュンヘンとザルツブルクは近い

平野部に近い場所を走っていて車窓に大きな変化はないが天気はよく変わった(2024年12月)

4人掛け席の斜め前に座る若い女性が鞄からプレッツェル(Brezel)を取り出して食べ始めた。「∞」みたいな形をした硬い菓子のようなパンで南ドイツ発祥の名物だが、とにかくテーブルの上に粉が落ち続けるのではらはらする。

レイルジェットやICEには座席テーブルの脇や座席下に小さなゴミ箱が付いているので、自分で片付ければいい、というのがマナーなのかもしれないが、パンの食べかすは掃除機でも使わない限り清掃が難しいのではないかと思う。

4人掛け席の中央テーブル脇には小さなゴミ箱が付いている(2024年12月)

最近登場したレイルジェットの新型車両では車内デッキにゴミ箱を集約し、各座席に付けなかったことで非難を浴びたそうだが、欧州の列車内環境として食事のできる大きなテーブルとゴミ箱は必須なのだろう。

列車は15分ほど走って高原の小都市といった感のトラウンシュタイン(Traunstein)に停車し、定刻から10分近く遅れて10時直前にドイツ最後の街となるフライラッシング(Freilassing)に到着した。

ドイツとオーストリア国境にあるフライラッシングはまだドイツ国内だが、オーストリア鉄道「ÖBB」の地域電車「シティジェット(Cityjet)」車両が乗り入れている(2024年12月)

国境のザーラッハ川(Saalach)を越えるとオーストリア国内に入る(2024年12月)

国境の地ゆえか再び雪が目立ってきて、国を隔てるザーラッハ川(Saalach)の鉄橋を渡ってオーストリアに入るとすぐに晴れた。車窓は大きく変らないのに、天候は短時間で目まぐるしく変わる。

ザーラッハ川の本流とされるザルツァハ川(Salzach)の鉄橋を渡るとザルツブルグ中央駅(2024年12月)

旧市街に位置する教会の尖鋭な塔が目立つザルツブルク中心部に入り、先ほど越えたザーラッハ川の本流的なザルツァハ川(Salzach)を越え、7分ほど遅れて10時6分ザルツブルク中央駅の高架ホームに着いた。

ミュンヘンとザルツブルクは国こそ違うが列車が遅れても2時間を要しておらず、近い位置にあることが理解できた鉄道旅だった。

国境を越える国際列車としての役割はザルツブルグ中央駅で終え、この先はオーストリア国内の都市間輸送列車となる「レイルジェット」。ほとんどの客が入れ替わった(2024年12月)

世界遺産の観光地・ザルツブルク

ウィーンまでは残り320キロ弱、約3時間という距離にまで迫っており、幹線区間なので列車の運転本数も多い。著名観光地であるザルツブルクで途中下車して街を歩くことにした。

オーストリア国内のいたる所で見かけるスーパー「SPAR(スパー)」(2024年12月)

中央駅高架下の構内を歩くと、緑色のモミの木マークが目印となっている小型スーパー「SPAR(スパー)」のマークが見え、ここはドイツではなく、オーストリアに入ったなと実感する。

スパーはオランダに本拠地を置く食品スーパーの世界的チェーンで、オーストリア国内では1500店以上を展開し、最多の英国に次ぐ店舗数を持つという。かつて日本でも「ホットスパー(HOT SPAR)」の名でコンビニを出店していたので、モミの木マークには既視感と親しみを持ってしまう。

ザルツブルグ中央駅の駅舎は歴史的建造物にも指定されているほど歴史ある建物だが、かつて行き止まり式になっていたホームの多くは、2014年に“通過式”の高架ホームに一新された(2024年12月)

ザルツブルクは、アルプス山脈の端に広がる盆地に15万7000人超が暮らすオーストリア第4の都市。中央駅から比較的近い旧市街の歴史地区は世界遺産となっており、モーツァルト(Mozart、1756~1791年)の生まれ育った街として、ゆかりの場所も数多く残る。

ウィーンに次ぐオーストリアを代表する観光都市だが市内に地下鉄は無く、架線から電気供給を受けて走る「トロリーバス(Oberleitungsbus/Trolleybus)」が公共交通の主役となっている。

中央駅前のバスターミナル、トロリーバス用の架線が印象的(2024年12月)

スマートフォンが必要な駅のコインロッカーに苦闘しながら荷物を預け、郊外住宅地のような“団地風マンション”が並ぶ駅前に出ると、バスターミナルがあった。

中央駅からは25以上のバス路線が発着するが、このうち6路線はトロリーバスで、頭上には架線が張り巡らされていて路面電車のターミナルといった雰囲気だ。

ザルツブルグのトロリーバスは新型の路面電車と一般的な連接バスの中間的な雰囲気がある(2024年12月)

Obus(オーバス)」と呼ばれ、ザルツブルク名物ともいえるトロリーバス。これに乗れば旧市街の歴史地区へ簡単にアクセスすることができる。

1日券を買おうと乗場に設置された券売機を見ると、イタリアから観光で来たという男性が苦闘していて、続いて私も試してみたが購入できそうな気配がまったくない。故障なのだろう。駅のコインロッカーといい、バスの券売機といい、朝から試練が多い。

この日の朝、バス乗場に置かれた券売機は反応せず、チケットが買えなかった(2024年12月)

今朝は天気も良く、気温も寒いほどではないので街を歩いて巡ることにした。

駅舎を出てすぐ左手という方向と鉄道の高架下を渡るための道順さえ間違わなければ、ミラベル庭園(Mirabellgarten)・ミラベル宮殿(Mirabell Palace)までは15分も歩けば着くし、そのミラベルから歩いて15分圏内にはほとんどの観光スポットがある。

ザルツブルグ「トロリーバス」案内

ザルツブルク交通局(Salzburger Verkehrsverbund)「SVV」によるトロリーバスは合計12路線あり、うち6路線(1・2・3・6・5・14)が中央駅に乗り入れている。

ザルツブルク中央駅のバスターミナル(HAUPTBAHNHOF)は途中の停留所に過ぎないため、系統番号だけでなく方向(行先)を確かめて乗車しないと観光地とは関係のない場所へ行ってしまう。「C」の乗場(写真左側の「5」が停まっている乗場)にミラベルプラッツ方面へ行くトロリーバスが停まる(2024年12月)

中央駅前から「14番」以外のトロリーバスに乗れば、すべてミラベル庭園・宮殿最寄りの「ミラベルプラッツ(Mirabellplatz)」停留所を通る。ザルツァハ川の向こう岸にある旧市街地へ行くなら「1番」(中央駅の「C」のりば発)が便利だ。

下記に中央駅からアクセスできる4つの主要停留所を記した。すべて「プラッツ広場=Platz)」の名が付けられている。

駅前から「1 Europark(ユーロパーク)」と表示されたトロリーバスに乗れば、ほとんどの観光スポット最寄りの停留所まで15分以内に行ける。

ザルツブルグ中央駅(HAUPTBAHNHOF)付近のトロリーバスとバス路線図(ザルツブツグ交通局(salzburg-verkehr.at)のネットワークマップを切り抜き、重要停留所に赤色で目印を付した)

トロリーバスの主な停留所と観光スポット

ミラベルプラッツ(Mirabellplatz)MAP

1・2・3・5・6のトロリーバスで中央駅から3停留所目

→ミラベル庭園(Mirabellgarten)・ミラベル宮殿(Mirabell Palace)の最寄り、ザルツブルク・モーツァルテウム大学(Universität Mozarteum Salzburg)近く

マカルトプラッツ(Makartplatz)MAP

1・2・3・5・6のトロリーバスで中央駅から4停留所目

→ザルツブルク州立劇場(Salzburger Landestheater)、モーツァルトの家(Mozart-Wohnhaus)「生家」はザルツァハ川の向こう側にある)、カラヤンの生家(Karajan Geburtshaus)の最寄り。歩行者専用の旧「マカルト小橋」(近年「マルコ・ファインゴールド橋=Marko-Feingold-Steg」に名称変更)方面。なお、中央駅方面行は「シアターガッセ(Theatergasse)」通りの停留所から乗車を【MAP

(ツェントルム・フェルディナンド)F.-ハヌシュプラッツ(Zentrum-Ferdinand-Hanusch-Platz)MAP

1・4のトロリーバスで中央駅から6停留所目

→旧市街地巡りの拠点となる停留所。歩行者専用の旧「マカルト小橋」(近年「マルコ・ファインゴールド橋=Marko-Feingold-Steg」に名称変更)方面や「グリースガッセ(通り)(Griesgasse )」に近い。ホーエンザルツブルク城(Festung Hohensalzburg)へ向かうケーブルカー「フェストゥングスバーン(Festungsbahn)」の乗場【MAP】へは徒歩約9分(650メートル)。中央駅から「1」で約10分

(ヘルベルト・フォン)H.-v.-カラヤンプラッツ(Herbert-von-Karajan-Platz)MAP

1のトロリーバスで中央駅から8停留所目

→祝祭大劇場(Großes Festspielhaus)と馬飼い場の史跡「ホースポンド(Pferdeschwemme)」の至近。著名な歩行者天国「ゲトライデ通り(Getreidegasse)」の起点部にも近い。聖ペーター修道院(Erzabtei)やザルツブルク大聖堂(Dom zu Salzburg)へは徒歩5~6分の距離。ホーエンザルツブルク城(Festung Hohensalzburg)へ向かうケーブルカー「フェストゥングスバーン(Festungsbahn)」の乗場【MAP】へは徒歩約8分(600メートル)。中央駅から「1」で12分~13分

)中央駅→旧市街方面は「1 Europark(ユーロパーク)」方面などのバスに乗車/旧市街→中央駅方面は「1 MESSE(メッセ)」方面などのバスに乗車/トロリーバス「1」番は平日の日中は10分間隔(土曜は1時間4本、日曜は1時間3本)で運行、時刻表や地図はこちらに掲載

主な運賃

  • 1時間券(STUNDENKARTEN/1h Ticket):2.50ユーロ
  • 1日券=24時間有効(TAGESKARTE/DAY TICKET):4.90ユーロ(券売機などでの事前購入価格)

(いずれの情報も2025年9月現在)

ミラベル、モーツァルトと巡る

ミラベル庭園・宮殿に近づくにつれ、歴史的な建物が多くなってくる(2024年12月)

ザルツブルクは旧市街の歴史的な街並みを離れると、中央駅の駅前には公営住宅っぽい団地風マンションが建ち並んでいるし、階下は商店やショッピングセンターになっていたりして、日常生活感に満ちている。

ミラベル庭園・宮殿はトロリーバスで3停留所、徒歩の場合は中央駅から15分ほど(2024年12月)

トロリーバスの架線を目印に日本の首都圏郊外で見られるような街並みを抜け、少しずつ歴史的な建物が見え始めると、公園のようなミラベル庭園・宮殿が現れた。この付近から欧州の中都市は歴史的な大観光地・ザルツブルクに変貌する。

ミラベル庭園・宮殿→モーツァルトの家(博物館、Mozart-Wohnhaus)→カラヤン(Herbert von Karajan、1989年に81歳で亡くなった著名指揮者)の生家→旧「マカルト小橋(現マルコ・ファインゴールド橋)」→ゲトライデ通り(Getreidegasse)→モーツァルトの生家(Mozarts Geburtshaus)

といった観光ルートを一通り見て回る。ミラベル庭園・宮殿の観光客数は圧倒的に多く、日本語さえ聴こえてくるが、アジア人は中国系が優勢だ。

マカルトプラッツ停留所近くにある「モーツァルトの家」(2024年12月)

モーツァルトの家はかつてバブル期に日本の保険会社が多額の寄付をし、四半世紀ほど前はかなり目立っていて日本語の音声案内さえあった。現在はまったく存在感が見られず、円安だけでなく日本の影響力低下を感じさせられた。

「カラヤンの生家」は外観しか見られないのであまり知られていない(2024年12月)

「カラヤンの生家」の目の前には歩行者専用の旧「マカルト小橋」(「マルコ・ファインゴールド橋=Marko-Feingold-Steg」に名称変更)が架かっている(2024年12月)

カラヤンの生家”は建物外観とカラヤン像しか見られないためか、多くの観光客が気づかずに素通りするスポットだが、旧マカルト小橋のたもとにあるので目印としても悪くない。

ゲトライデ通りは常に賑わっている(2024年12月)

ザルツァハ川を渡った先の歩行者天国ゲトライデ通り」は観光客を中心とした人通りが多く、ビル状になったモーツァルトの生家も風景と一体化して目立たないので通り過ぎてしまいそうになる。

黄色くなっている建物が「モーツァルトの生家」(2024年12月)

そして、少し大きな通りには必ず架線が吊り下げられ、連接タイプのトロリーバスが走っていく。路面電車のようにレールを敷く必要がなく、排気ガスを出さない静かな乗物としてザルツブルグの街に似合っていた。

4時間近くにわたってザルツブルクの街を歩き、日常生活と歴史的な双方の街並みと、トロリーバスの印象を刻み中央駅へ戻った。

トロリーバスの架線に沿って歩くのも手だ(2024年12月)

首都への幹線「ウェストバーン」

第4の都市ザルツブルクと首都ウィーンを結ぶ320キロ弱の「オーストリア・ウェストバーン(Westbahn、西部鉄道線)」の沿線は、人口21.3万で第3の都市「リンツ(Linz)」をはじめ、中小各都市と首都を結ぶ重要な路線だ。

ウェストバーン(Westbahn、西部鉄道線)のうち、ザルツブルク(Salzburg)→アットナング=プッフハイム(Attnang-Puchheim)→リンツ(Linz)間の時刻表(一部)、路線番号は「101」(oebb.atより)

ウェストバーン(Westbahn、西部鉄道線)のうち、リンツ(Linz)→ザンクト・ペルテン(St Pölten)→ウィーン(Wien)→ウィーン空港(Wien Flughafen)間の時刻表(一部)、路線番号はトップナンバーの「100」(oebb.atより)

リンツ以外にも、人口6.5万でオーストリア第8の都市「ヴェルス(Wels)」や、人口5.9万で第9の都市「ザンクト・ペルテン(St Pölten)」が位置している。

オーストリア北海道くらいの面積に約919万人が住んでいるが、都市圏というかたまりで見ると、ウィーン都市圏だけで約300万人、リンツ都市圏は約82万人、ザルツブルク都市圏には約36万人超が住んでいるといわれ、ヴェルスやザンクト・ペルテンを加えると合計約430万人。単純計算で人口の47%ウェストバーン沿線に集約されていることになる。

新鉄道会社「ウェストバーン(Westbahn)」はザルツブルク駅にも専用の窓口を置いていた(2024年12月)

日本で言えば東海道のような大動脈なので、オーストリア連邦鉄道「ÖBB」が高速列車レイルジェットを1時間あたり2本走らせているだけでなく、その名も「ウェストバーン(Westbahn)」という新たな鉄道会社が2011年から新規参入し、こちらも1日30本を運行。うち5本はドイツ・ミュンヘンへも乗り入れている。

新会社ウェストバーンはユーレイルパスでも乗車できるので体感してみたいと思ったが、ザルツブルクからウィーン間は所要を2時間30分とするため途中停車は7駅と若干少なく、発着時間も毎時決まっている。ÖBBの「レイルジェット・エクスプレス(RJX=Railjet Xpress)」も5分短い2時間25分で走って対抗する。

今回のレイルジェット「RJ 649列車」も停車駅の多いタイプで、ザルツブルグからウィーンまで3時間弱を要する。編成も客車も7両でまったく同じ(2024年12月)

“旧国鉄vs新会社”のスピード競争は興味深いが、車窓を楽しむ旅なので、今度も停車駅が多い通常タイプのレイルジェット「RJ 649列車」ウィーン空港(Wien Flughafen)行に乗った。ウィーン中央まで途中の10駅に停車し、2時間54分で結ぶ。

“ビッフェ”改造の小さな食堂車

14時11分、ウィーン空港行のRJ649列車は、座席が半分程度埋まるくらいの客を乗せてザルツブルク中央駅を発車した。

先ほどと同じ赤い客車の7両編成で機関車が後ろから押すスタイルも同じ。変わったことと言えば3号車にある食堂車のテイクアウト(Take Away)メニュー表が座席に置かれていたことくらいだろうか。

2等車の一般的な車両、2人掛けと4人掛けがあり、座席は回転しない(2024年12月)

2等車には静かに過ごす「クワイエットゾーン(Ruhezone/Quiet Zone)」も設定されている(2024年12月)

乗務員が車内に現れチケットの確認にやってくる。近年のユーレイルパスは、あらかじめ乗車区間を自らチケットにペンで記載するか、モバイルチケットの場合も入力しておく必要がある。服装からして女性乗務員だと思っていたら、声を聴くと男性のようだった。

“山岳の国(Land der Berge)”であるオーストリアのなかでも首都まで平野部を横断するのがこれから走るウェストバーン(西部鉄道線)。山岳国家らしい車窓は期待できないが、この国で1番目(ウィーン)・3番目(リンツ)・4番目(ザルツブルク)の人口規模を持つ都市を結ぶ鉄道なので、国を代表する路線と言える。

ザルツブルグの市街地が尽きると車窓には緑の平原が続く(2024年12月)

レイルジェットは、わずかな時間でザルツブルク市街を抜けると、早々に緑の平原だけが広がる車窓に変わった。今日は昼下がりの太陽が温かく、美しくも平坦な車窓に早速眠気が襲ってくる。ザルツブルクで歩きすぎたのかもしれない。

座席のテイクアウトメニュー表に誘われ、食堂車を訪れてみた。“立席ビッフェ”こと「ビストロカー」に対する苦情によって急遽改造したレストランカーなので、テーブルも10人ちょっとで満席になるくらいしか設置されていない。レストランというより「店内飲食コーナー」に近い雰囲気がある。

3号車のうち7~8割のスペースを占める食堂車、右側が売店兼厨房、奥が客席(2024年12月)

ウィーンの「DoN’s(Donhauser=ドンハウザー)」というケータリング会社が一括して運営を引き受けているらしく、「DoN」のマークが印刷された店内飲食メニューは、それなりに立派だった。

)1ユーロ(€)=160円で計算

メニューの一例と価格を挙げると(2025年9月時点)、「ウィーン風朝食(Wiener Frühstück)」と名付けられたカイザーロール(Kaisersemmel=オーストリアの硬いパン)とホットドリンクのセットが6.60ユーロ(1056円)、食事は「オーガニックイエローベジタブルカレー(BIO Gelbes Gemuse Curry)」が13.40ユーロ(2144円)、サンドイッチ(Premium Sandwich Gipfel Gluck、ソーセージ・チーズ・卵)が4.40ユーロ(704円)、500ミリのビール「Gösser Naturradler」が4.80ユーロ(768円)といった内容。

食堂車のメニュー表、ウィーンのケータリング会社「DoN」が受託しているという(2024年12月)

こちらもカレーが2000円以上という価格設定だが、一昨日のスイス鉄道「SBB」の食堂車では「グリーンカレー」が4000円近く(22.5スイスフラン)に達していた。オーストリアと比べ、スイスの物価高とスイスフラン高は少し異常だったようだ。

眠気覚ましに2.90ユーロ(464円)の「エスプレッソ(Espresso)」だけを買って席へ戻る。こちらもスイス鉄道食堂車と同様に従業員1人だけの“ワンオペ勤務”のようで、厨房にこもって調理している店員を売店カウンターまで呼び出すのは悪い気になった。

第3の都市「リンツ」へ走る

ノイマルクト・アム・ヴァラーゼーは速達タイプのRJX(Railjet Xpress)や新会社ウェストバーンは停車しない駅(2024年12月)

20分ほど走って最初の停車駅であるノイマルクト・アム・ヴァラーゼー(Neumarkt am Wallersee)という小駅に停車。人口7000人に満たない町だが、通常タイプのレイルジェットが毎時28分に停車するだけあって、10人以上が乗ってきた。

平野部が多い路線だが州の境では起伏も見られた(2024年12月)

家々が少なくなり、白くなった雪の丘を時速100キロで抜け、14時54分に着いたフェクラブルック(Vöcklabruck)から「オーバーエスターライヒ州(Oberösterreich)」に入った。ヨーロッパで言う「州」は日本でいう府県のような規模感で分けられている。

フェクラブルックからオーバーエスターライヒ州に入ったが、ザルツブルク交通協会(SVV)は隣の同州でも列車を運行しており、停車中の電車にマークが見える(2024年12月)

密集とも閑散とも言えない建物が並ぶ中小都市感の漂う街が続き、郊外私鉄駅めいたアットナング=プッフハイム(Attnang-Puchheim)に停車。このあたりから高速走行に対応できる線路に変わったようで、頭上の案内ディスプレイには「200km/h」の速度表示が見られるようになった。

アットナング=プッフハイムは郊外私鉄駅のような雰囲気(2024年12月)

日本のように高速走行用の高架線が現れるわけではなく、フランスのTGV線のように全線で高速走行可能というわけでもないのがドイツやオーストリアの鉄道路線で、同じ列車が“ローカル急行”になったり、高速鉄道になったりする。

定刻より1分遅れて15時15分にヴェルス中央駅(Wels Hbf)のホームに停まった。ここは人口が6.5万人で州内では州都リンツに次ぐ第2の街だという。

ヴェルス中央駅からはローカル支線も分岐している(2024年12月)

ヴェルスは、ドイツ・バイエルン州のパッサウ(Passau)へ向かう「ヴェルス・パッサウ鉄道線(Bahnstrecke Wels-Passau)」や、州内の山間部に通じる「アルムタールバーン(Almtalbahn)」という40キロ超のローカル支線の分岐駅でもあり、隣のホームには1両きりで走るディーゼルカーも停まっている。

ユーレイルパスなので、こうしたローカル線に思い付きで乗って終着駅まで行ってみれば、昔の周遊券旅行みたいで楽しそうだが、日本と同じで支線の運転本数は少なく、この列車とも接続していないようだった。

リンツ中央駅の手前では操車場が広がった(2024年12月)

郊外農地が広がる直線区間を時速160キロで15分ほど走り、ザルツブルクから1時間20分を要してオーストリア第3の都市にあるリンツ中央駅(Linz Hbf)に到着した。

日本でリンツといえば、同名だが直接的な関係は無いスイス本拠のチョコレートメーカー「リンツ(Lindt)」が思い浮かぶ程度で、馴染みがある都市とはいえないが、かつては工業地帯で、今も大河「ドナウ川(Donau)」を通じた海運の拠点だという。ただ、ウィーンやザルツブルグのような観光都市というわけではなさそうだ。

リンツ中央駅のホームには人が少なかった(2024年12月)

駅到着の前に飛行場が見えたり、巨大な操車場があったりして大都市駅らしさを感じさせたが、新しさの残る長いホームには人が少なかった。

このレイルジェットより5分前にザルツブルクを出発した速達便のウィーン空港行「RJX=Railjet Xpress」が13分前に出発しているし、今から6分後に出る新鉄道会社ウェストバーンのリンツ始発列車はウィーンに先着するので、わざわざ停車駅の多いわれらが列車に乗る必要性が少ないのだろう。ここは幹線だけあって運転本数は多い。

高速区間が多いリンツ~ウィーン間

停車駅の多いRJ649列車・ウィーン空港行は、15時32分にリンツ中央駅を出発した。

天井などに設置されたディスプレイには現在の速度も表示される(2024年12月)

まだ首都・ウィーンまでは180キロほどの距離があって1時間30分を要するが、このあたりは高速区間が多く、列車の速度は時速210キロを超えている。“レイルジェット”の名にふさわしい走りを初めて体感した。

10分ほど高速走行して州境を超え、ニーダーエスターライヒ州(Niederösterreich)のザンクト・ヴァレンティン(St.Valentin)という人口1万人弱の自治体に置かれた駅に停まる。

ザンクト・ヴァレンティンは速達タイプのRJX(Railjet Xpress)と新会社ウェストバーンが未停車の駅(2024年12月)

ここはRJXも新鉄道会社ウェストバーンも停車しないので、多くの客が乗ってきて2等車の座席は8割以上が埋まった。進行方向2人掛け席を選んだ私の隣も女性が座っている。

5分間のザンクト・ヴァレンティン停車中に、後にリンツを出た水色の2階建てウェストバーン「WB965便」ウィーン西駅(Wien Westbahnhof)行が猛スピードで追い抜くのを見送ってから発車した。

高速で貨物列車と並走する(2024年12月)

強い夕陽で車窓が見づらくなるなか、いつしか複線の別線が近寄ったり離れたりして、貨物列車と並走しながら、郡庁所在地だというアムシュテッテン(Amstetten)を経て、陽が落ちる直前の16時30分に州都で人口6万人弱のザンクト・ペルテン(St Pölten Hbf)に着く。どちらもコンパクトにまとまった中小都市といった雰囲気だった。

ザンクト・ペルテンの到着は16時30分、陽が落ちてきた(2024年12月)

この先、集落から離れた新線上に置かれたトゥルナーフェルト(Tullnerfeld)という駅に停車するはずだが、天井のディスプレイには「例外的に停車しない」といった表示が見える。

その影響なのか、何もない郊外の線路上で列車が10分以上停車してしまい、10分近く遅れてウィーン市街に近づく。当然、日本のように遅れに対する説明などないし、ドイツ語で放送されても聞き取れはしないだろう。

何もない郊外の線路上で10分ほど停車したが、理由は分からない(2024年12月)

新しく華やかなウィーン中央駅

まだ17時前だというのに夜のなかを走ってウィーン市内に入り、定刻より7分遅れてシェーンブルン宮殿(Schloss Schönbrunn)から比較的近いウィーン・マイドリング(Wien Meidling)駅に着いた。ウィーン西駅とともに、西の玄関口のような位置にあるターミナル駅である。

11分遅れでウィーン中央駅に到着したレイルジェット649列車、終着はこの先のウィーン空港駅(2024年12月)

マイドリングで半分近くの客を降ろし、大都市の灯りがあまり見えないまま列車はウィーン中央駅(Wien Hbf)のホームに停車、定刻から11分遅れの17時16分着だった。ここで7分停まってから終着のウィーン空港まで走るので、遅れは少し取り戻せそうだし、車内に客はほとんど残っていない。

ウィーン中央駅のホームは、夜行列車がやってきても不思議ではないほど夜半のような雰囲気だが、まだ夕方の17時過ぎである。オーストリアの冬、夜の駅はなぜこんなに暗いのだろうか、初めて訪れたときと同じ感情を抱いた。

まだ新しいウィーン中央駅は終着駅タイプではなく、通過可能なホームとなっている(2024年12月)

真新しいホームの駅は行き止まり式ではなく、通過できる形となっている。なにより、ウィーンには中央駅(Hbf)はなかったはずだ。調べてみると、2009年までウィーンを代表する終着駅だった旧ウィーン南駅(Wien Sudbahnhof)の跡地付近に新設したものだという。

日本では上野などごく一部にしか残されていないが、“終着駅”が当たり前だった欧州でさえ、行き止まり式の駅はもう時代に合わないのだろう。

利用者に旅情こそ感じさせてくれるが、運用面では車両の方向転換機関車の付け替えなど手間が多く、終着駅の先に位置する主要駅への直通も困難だ。ウィーン中央駅も“通過式”に変わったからこそ、その先にある空港駅までレイルジェットが容易に乗り入れができるようになった。

ウィーン中央駅の高架下や地下の“駅ナカ”は華やかだった(2024年12月)

高架上のホームから階段を降りると、階下はショッピングセンターとなっており、薄暗かったウィーン南駅の時代が思い出せないほど華やかさがある。

かつて南駅に着いた時には「共産主義国の駅ではないか」と思ってしまったほど簡素で薄暗かったが、今の中央駅はJR東日本並みに“駅ナカ”を充実させていた。このあたりも欧州の駅に変化を感じた点だ。

これでロンドン→パリ→ストラスブール→チューリッヒ→ミュンヘン→ザルツブルグ→ウィーンと5カ国2000キロにわたる鉄道移動を終えた。

ウィーン中央駅とレイルジェット(2024年12月)

クリスマス前後という日程は、寒くて昼の時間が短いうえに列車も混雑していて旅行環境としては良くはなかったが、賑やかな欧州鉄道を垣間見られたことは、鉄道の地位が変わらないことを確信できて心強かった。

あすはウィーンの路面電車と地下鉄を楽しんでから日本へ帰国しようと思う。

(2024年12月旅行、2025年9月記事公開)

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