フランスから国境を越えて着いたドイツ南部の小都市・オッフェンブルク(Offenburg)。ここからライン川に沿って上流のスイス・バーゼル(Basel)、そしてチューリッヒ(Zürich)を経て、再びドイツのミュンヘン(München)まで、450キロほどにわたる鉄道の旅を続けたい。
ストラスブールから仏独国境を簡単に越えてきた地域列車「オルテナウSバーン(OSB=Ortenau-S-Bahn)」が着いたホームで10分も待つと、向かいにスイス・バーゼルSBB(Basel SBB)行の「ICE(InterCity Express)」が入ってきた。同じホームで接続することはあらかじめ時刻表に記されていたので安心感がある。

オッフェンブルク(ドイツ)→バーゼル(スイス)→チューリッヒ(スイス)→ミュンヘン(ドイツ)までの鉄道ルート(eurail.comの「ユーレイル路線図 (Eurail map)」を加工・加筆して制作)
ドイツ鉄道「DB(Deutsche Bahn)」が誇る赤い帯を巻いた白い高速列車は13両編成。ドイツ北部のハノーファー(Hannover)から6時間近く走り続け、南ドイツのオッフェンブルクまでやってきた。
すでに空席のほうが目立ち、終盤区間ならではのけだるい空気に支配されているが、2等車の座席でも重厚感があって、さすがはドイツ鉄道だと嬉しくなる。
独「ICE」の指定席と自由席
ICEは東西ドイツ統合の年である1991(平成3)年の登場から30年以上が経過したが、今乗った車両は2017年末に登場した第四世代の「ICE 4」と呼ばれる最新型だという。
先ほどパリから乗ったフランスのTGVとは新旧の差が20年以上あるはずなので、より洗練された雰囲気をICEに感じたのかもしれない。
近くの空いている席に座ったが、座席背もたれ横の液晶画面をよく見ると「ggf.freigeben」という文字が見えた。何も表示されていない座席が“完全な自由席”であるはずなので、前方のより空いている車両へ移ると、ほとんどが非表示の席だった。
スマートフォンを使って翻訳してみると「ggf.」は、ドイツ語の「gegebenenfalls(ギギーベンファルス=場合によって、必要に応じて)」の略で、次の「freigeben(フライギブン)」は“解放する”との意。「ggf.freigeben」は、必要に応じてこの席を指定席として解放する、つまり、指定券を持った客が来るかも、といった意味を持つらしい。
JR東日本でも首都圏近郊のグリーン車や特急列車内では、緑や赤のランプを使って座席の料金支払いや予約の可否を示しているが、こちらはドイツ語表記なので若干やっかいだ。
なお、実際に指定済みの座席は降車駅が記されているのだが、クリスマス休暇時期であっても3割に満たないほど。指定席を確保する習慣が薄いドイツらしいと思った。
ライン川沿いを走りスイス国境へ
オッフェンブルクを11時33分に出発した「ICE 103列車」はライン川(Rhein)の右岸をさかのぼるように上流へ向かって走り始める。
同じバーデン=ヴュルテンベルク州(Land Baden-Wurttemberg)の都市・マンハイム(Mannheim)からスイスのバーゼル(Basel)を結ぶ「マンハイム・バーゼル線(Bahnstrecke Mannheim Basel)」(約270キロ)のうち、残す120キロほど先にスイス国境がある。
川の姿は見えないが欧州を代表する大河に沿うこの路線上では、小さな街が次々と現れては、教会とセットのように置かれた駅を通過していく。どこも“地方町村”といった様相で、集落と集落の間には農地が広がり、車窓はのんびりしている。
左岸のフランス側も同様に「ストラスブール・バーゼル鉄道(Ligne de Strasbourg-Ville à Saint-Louis)」という路線が通っており、ドイツ側に渡らなくても、ストラスブールからバーゼルまでは地域間急行「TER(Transport express régional)」でわずか1時間20分の距離だ。TERなら指定料金もいらない。
わざわざ遠回りした理由はローカル列車で仏独国境を越えたかったのと、ICEに乗りたかったためだが、これも“欧州鉄道フリーパス”である「ユーレイルパス」を使った旅ならではだと思う。
ICEは高速列車と言っても高速専用線を走る区間は多くなく、一般の路線では最大でも150キロほどの速度に抑えている。日本の在来線特急より少し速い、といったイメージだ。
ローカル列車ほど遅くはなく、高速専用線を走るTGVほど速くはないけれど、車窓を眺めながらそれなりの時間で鉄道旅行を楽しめるというのがドイツやスイス、オーストリアの高速列車だと思う。設備も悪くなく、優等列車を含めほとんどの列車に事前予約不要で乗れる。
スイス国内にドイツ鉄道の駅
オッフェンブルグから30分ほどかけて12駅を通過したICE103便は、ドイツ最南端の都市「フライブルク (ブライスガウ)中央駅(Freiburg(Breisgau)Hbf)」に停車する。

人口約23万7000人の「フライブルク・イム・ブライスガウ(Freiburg im Breisgau)」はバーデン=ヴュルテンベルク州でシュトゥットガルト、マンハイム、カールスルーエに次いで4番目に大きな都市、中央駅での降車客も目立った(2024年12月)
人口24万弱の都市だけあって、先ほどの小都市・オッフェンブルグ(約6万3000人)とは違って駅前からビルが建ち並ぶ“都会”だ。ドイツへ来て初めて大規模な都市を見たことになる。13両編成の列車は、さらに客を減らしてスイスとの国境へ向かう。
フライブルクから30分超走ってライン川に最接近し、スイスの20万都市・バーゼルに吸い寄せられるようにフランス側の左岸線からも線路が近づいてくる。
スマートフォンで地図を見ると、ドイツとの国境は「ヴァイル・アム・ライン(Weil am Rhein)」という駅の先、何の目印も無い場所にあるはずだが、車窓から確認できないうちに大量の線路が集まってきた。
スイスとドイツの両ローカル列車の車両が見え始めると、「バーゼル・バディッシャー」のホームに停車し、いつの間にか国境を越えたようだった。
駅名標には「Basel Bad Bf」と表示されている。Bfは独語のBahnhofで駅のことだが、“Bad”とは何だろうかと調べると、バディッシャー(Badischer)の略で、「バーデン(Baden)州の」という意味らしい。
このバーゼル・バディッシャー駅は、スイス国内にありながら「バーデン=ヴュルテンベルク州」であることを主張した駅名が付けられているように、ドイツ鉄道DBが管理し、駅構内はドイツ国内扱いになっているという。
現在のスイスは、パスポートのチェック無しでも往来できる「シェンゲン協定」に入っているが、2008年までは欧州内の移動時も出入国の手続きが必要だった。
“ドイツ国内”であるトランジット駅・バディッシャーを置くことで、「独→バーゼル→独」や、出入国に支障のない独仏間で「独→バーゼル→仏」といった鉄道乗り継ぎが容易に行えたようだ。ただ、今は広い駅構内が閑散としているように見える。
そもそもドイツ帝国以前の「バーデン大公国」時代にスイスと協定を結んだうえでバーゼルまで鉄路を伸ばした歴史があると、インターネット上の「ウィキペディア(Wikipedia)」に書いてあり、そんなことをスマートフォンで調べ始めると車窓どころではなくなってしまう。
交通の要衝・スイス「バーゼル」
スイスにある“ドイツのバーゼル駅”を離れたICEは、ライン川を渡って市街地に入り、8分ほどかけて12時48分に終点のバーゼルSBB駅に着いた。
SSBはスイス連邦鉄道のドイツ語略称(Schweizerische Bundesbahnen)なので、日本語では「スイス連邦鉄道バーゼル駅」が正確な表現かもしれない。先ほどの“ドイツ鉄道バーゼル駅”と違いが分かる駅名としている。(※スイス連邦鉄道は「SBB/CFF/FFS」と独仏伊の3カ国語で略称が表示されているが、長いため本稿では代表的なSBBのみ表記した)
独仏国境が至近に迫るスイス第三の都市・バーゼルは、都市圏の人口が20万ほどと巨大規模ではないが、3カ国の交通が集まる要衝となっていて、駅のホームには仏独だけでなくオーストリア連邦鉄道「ÖBB(ウー・ビー・ビー)」の車両も停まっていた。
乗り換え通路には日本人にも馴染み深い売店の「キオスク(Kiosk)」や、パンなどの手軽な飲食物を売るカウンター式の販売店も揃っている。
香ばしいかおりに誘われて具入りの小さなパイを購入してみたら、価格は1つ5.50スイスフラン(CHF)。スイスはユーロ圏ではないのでクレジットカードを使ったが、日本円に換算すると「1CHFあたり約175円」で962円。駄菓子のようなパイ1つでさえ1000円近く払わねばならないのかと円の安さに悲しくなってくる。
客車列車の「特急」と食堂車
13時6分発のチューリッヒ方面・クール(Chur)行の「IC 3(InterCity 3=インターシティ3)773列車」は、赤い電気機関車が引く伝統的な客車列車でバーゼル駅の長いホームに停まっていた。
これで車内がコンパーメントだったら昔の欧州鉄道みたいで嬉しいのだが、スイス連邦鉄道の「標準客車4(Einheitswagen IV)」と呼ばれる若干古いタイプを連結していて、2等車は昔の日本を走った急行列車のように向かい合わせの4人座席だった。
10両のうち6両を占める2等車は少し混んでいたので、遅い昼食を兼ねて昔ながらの「食堂車」に乗り込んでみる。スイスの都市間特急は、今でも当然のようにレストランカー1両を組み込んでいるのは有難い。
ユーロスターやTGVといった電車の“立食半室ビッフェ売店”とは違い、こちらは窓ごとに白いクロスがかけられたテーブルと座席が配置され、スイス連邦鉄道公式のメニュー冊子が置かれた古式ゆかしき食堂車だ。
中高年男性を中心に目的地まで食堂車内でコーヒーやアルコール片手に過ごそうという旅慣れた客も見られ、それなりに賑わっている。
定刻になると、客車列車らしく気が付かないうちに動いていて、次の停車駅であるチューリッヒ中央(Zürich HB)に向かって速度を上げていった。
食堂車は係員1人だけが勤務する“ワンオペ”で、赤いネクタイをしめたインド系に見える中年男性氏が店長兼シェフ兼給仕係兼会計担当者としてテーブルと厨房の間を慌ただしく動きまわっている。
ユーロスターもTGVもビッフェはワンオペだったが、売店での販売が主な業務で、調理をしているシーンはほとんど見かけなかった。日本のように一般列車内での飲食物提供を完全廃止しないだけいいが、欧州でも効率化がここまで進んでいるのかと思う。
ただ、メニュー冊子をよく見ると、ページ数が多いのはドイツ語・フランス語・イタリア語・英語の4カ国語で説明しているためで、豪華に見える料理写真もパンのサンドやチーズの盛り合わせ、デザートなど手間がかからないメニューが目立つ。
食事類はスイス名物とされるマカロニ料理「ガケットとヘルンリ(Ghackets mit Hörnli)」をメインに、「パスタ(ラビオリ)」や「グリーンカレー」といったレトルトで対応できそうなものに絞っている。あとは飲料とアルコール類で、ワインとビールの種類もそれなりにあった。
メニューに調理簡略化の工夫は見られるが、食堂車全体を一人で取り仕切っているのは立派というほかなく、座っている新規客を見つけ次第、注文を取りにくる。
スイスまで来てなぜ“タイ風グリーンカレー”なのか、とも思ったが、メニューを見て一瞬で内容を理解できたのは「Green Thai Chicken Curry」という表記だけだったという事情で選び、ビールは各銘柄の写真が載っていたので指差しで注文した。
高原の車窓と突如現れた原発
「IC 3」という路線番号が降られたこのインターシティ(IC=国内特急)は1時間に1本の割合で設定されており、「バーゼル~チューリッヒ~ザルガンス(Sargans)~ラントクワルト(Landquart)~クール」というスイスの都市間を2時間半弱で結ぶ。
途中のチューリッヒまで80キロ超の距離を1時間弱で走るので、時速は80キロほど。昔の日本で言う「エル(L)特急」のような存在だ。
バーゼルを出発した列車は、すぐに5000メートル超の長いトンネルに入る。パリからここまでトンネルがほとんど無かったので、山岳国スイスらしいと思ったが、バーゼル付近の線路混雑対策で短絡線として掘られた隧道らしい。
長いトンネルを抜けると、山あいの高原地帯を遅くもなく速くもないペースで走り、三角屋根の家々が点在する集落ごとに置かれた中小駅を通過していく。好天の下、うっすらと白くなった緑の丘と木々がまぶしい。
運ばれてきたグリーンカレーは、この場で米を食せることくらいしか特筆すべき点を探し出せないが、異国の車窓を眺めながらの昼食は贅沢な気分になる。
バーゼルから走り続けること20分、なだらかな山脈を貫くトンネルを抜けると、左手の窓に突如、三角フラスコのような形の巨大煙突が視界に飛び込んできた。山に囲まれた小盆地に尋常ではない量の白煙を空に向かって吐き続けている。
少々辛いグリーンカレーをビールで流し込みながらスマートフォンで調べると、この煙突は「ゲスゲン原子力発電所(Kernkraftwerk Gösgen)」のもので、蒸気を排出する冷却塔であるらしい。
まもなく通過するデーニケン(Däniken)駅から2キロ弱、家々が間近に迫る集落内に唐突に現れた原発だが、海のないスイスでは水を取るために川の近くで作るしかないようだ。
原発裏手にはライン川の支流「アーレ川」が流れていて、35キロほど下流には1969(昭和44)年に誕生した世界最古級の「ベツナウ原子力発電所(Kernkraftwerk Beznau)」も置かれているという。
日本だと原発は居住エリアから離れた海沿いにあるので、まさか列車内から見られるとは思わなかった。冷却塔から吹き出す大量の蒸気は迫力があり、日本の原発では見慣れない設備なので怖さも少し感じる。
カレー&ビールで5000円
沿線の主要駅であるアーラウ(Aarau)もレンツブルク(Lenzburg)もいつの間にか通過し、チューリッヒ駅が近づいてきたので、件(くだん)のワンオペ係員に精算を頼んだ。
「SBBレストラン(SBB Restaurant)」ことスイス鉄道の食堂車では、現金払いの場合は為替レートに関わらずスイスフラン(CHF)とユーロは同額で扱われるが、クレジットカードでは自動的にCHFで決済されてしまった。円に換算するとユーロの方が10円以上安い。
食したメニューの価格(※2024年12月利用時、2025年8月現在も同様)を記しておくと、グリーンカレーは22.5CHF、瓶入りビール(330ミリ)は6.2CHFで合計28.7CHF。「1CHF=175円」で計算すると日本円では5023円に達した。
たかがカレーとビールの飲食代として見てしまうと円安やスイスの物価高にうんざりしてしまうが、食堂車の座席使用料だと思えば、居心地や車窓から考えてそれほど高くはない気がする。個人的には飲食代2000円、食堂車利用料は3000円くらいの価値だった。
ちなみに食堂車でコーヒー(エスプレッソ)は「5.2」(ユーロ:832円、CHF:910円)、クロワッサンとホットドリンクのセットは「6.8」(ユーロ:1088円、CHF:1190円)と割高ではあるが、日本人にとって無茶な価格設定というわけでもない。
(※)1ユーロ(€)=160円で計算
クール行のIC773便は14時ちょうど、バーゼルから54分でチューリッヒ中央駅の行き止まり式ホームに着き、3割ほどの客を降ろした。
スイスの最大都市チューリッヒ
チューリッヒはスイス最大の都市で、市としての人口は43万超だが、都市圏で見ると約145万人が住んでいるという。知名度と規模からしてスイスの首都に思えるが、連邦議会と政府はバーゼルに次ぐ第四の都市「ベルン(Bern)」に置かれている。
スイスを代表する中央駅の威容は、高い天井からぶら下がった巨大な列車案内板や、パリ東駅に影響を受けたと言われる築150年超のネオルネッサンス駅舎、その正面で行き交う無数のトラムからも実感できる。
ホームに停まる列車は新しくなっているが、四半世紀ほど前に訪れた時と駅舎やトラムの車両がまったく変わっていないので、訪問したことが数年前のようにさえ感じる。変わったのは駅地下の有料公衆トイレがカード購入式になったことくらいだろうか。

地上ホームの18番線はムゼウム通り(ミュージアム通り)とつながっており、国立博物館(写真左側)にすぐアクセスできる、チューリッヒ中央駅の地上ホームは仕切りが少なく、どこまでがホームで、どこが歩道なのか分からないほど開放的(2024年12月)
次の列車までは1時間30分間ほど。駅正面から見てもっとも右手、18番線ホームの横にそびえる「スイス国立博物館(Landesmuseum Zürich)」へ行ってみた。
18番ホームは「ムゼウム通り(ミュージアム通り=Museumstrasse)」と仕切りがないため歩道と一体化しており、道路から段差なく列車に乗り込める。ここまで解放的な駅もめずらしい。
国立博物館は欧州の巨大城郭といったイメージの建物で、到底1時間で見学できるような規模ではない。語学の不自由さもあるが、チューリッヒの街を紹介する無料展示「シンプリー・チューリッヒ(Einfach Zürich)」だけでも見終えるのが難しいほどだった。
中央駅の地下にも3カ所のホーム
チューリッヒ中央駅を15時33分に出発する独ミュンヘン行の「EC(ユーロシティ=国際特急)195便」のホームは34番線と表示されている。
60本以上の列車案内が一気に映し出されて目がチカチカする大型案内板だが、ロンドンやパリと違って発車ホームが直前まで分からないなどということはない。そもそもSBBの公式サイトで検索すると乗場の地図まで表示してくれる。
中央駅の44番まである乗場のうち、1番や2番など欠番も目立ち、実際に存在する線路は現在のところ計26本。
3番から18番までの行き止まり式となった地上ホームは場所も分かりやすいが、「21・22番線」と「31~34番線」「41~44番線」は地下でそれぞれ別の場所に置かれている。
1日に約3000本の列車が発着するという中央駅は、終端式ホームだけでは進行方向を転換する手間もあって処理ができず、中間駅として通過できるように地下ホームを増設していったらしい。
ミュンヘン行の国際列車は「電車」
ミュンヘン行のECは、そんな地下ホームの1つに7両編成の“電車特急”として停車していた。欧州の優等列車は客車なのか電車なのかディーゼルカーなのかは、インターネット上の時刻表を見ただけでは事前に分からない。
客車自体に運転台が付いていて最後尾から機関車が押すタイプの列車も多いので、分類すること自体に意味がないのかもしれないが、今回は完全な固定編成の「電車」だ。その昔、越後湯沢から“ほくほく線”を経由して北陸を結んでいた赤い「特急はくたか」に似ている。
“ペンドリーノ”とか“チザルピーノ”とか呼ばれていたイタリアとスイスの共同開発車両の最新版電車で、7両とJRの地方特急並みに短いのは国際列車として若干味気ない。
それでも、2等車4両と1等車2両に加え、食堂車に1両(※実際には同じ車両内に1等車の座席も10席ある)を割いているあたりはスイス鉄道らしいと思った。
15分ほど前に列車に乗り込んだが、2人掛け座席を向かい合わせに固定した2等車の車内には誰も人がいない。
各席の窓上には小さな液晶画面があって、「FREE」「FREI」「LIBRE」「LIBERO」と予約が入ってない“自由席”であることを英独仏伊の4カ国語で示している。
旅行のしやすい国・スイスらしさに感心していたが、シートをよく見るとパンや菓子の食べカスが落ちている座席が目立つ。
今朝乗ったフランスのTGVには清掃スタッフまで乗車していたし、ICEの座席テーブル脇にはわざわざ小さなゴミ箱まで付いていた。欧州の鉄道は美化維持がネックなのかもしれない。硬いパンやドーナツなど食すといかにも座席が汚れてしまいそうだ。
時速は100キロ超、3時間半の旅
発車の5分ほど前になると、2等車両には客がなだれ込むように乗り込んできて、6割から7割の乗車率で“電車国際特急”のミュンヘン行「EC195列車」は15時33分にチューリッヒ中央駅の地下ホームを離れた。
ミュンヘンまでは約360キロ。3時間31分で走るので、時速は100キロ超と国際列車ECらしい速達性を保っている。この電車はカーブに強い車体傾斜式の機能を搭載しているという。
中央駅の駅前を迂回するようにトンネル内を走り、すべての線路を集約する市内ジャンクション駅の「チューリッヒ・エルリコン(Zürich Oerlikon)」の手前で落書きだらけの壁に迎えられながら地上へ出る。
再び本線から離れてトンネルに入り、中央駅から10分で地下に設けられたチューリッヒ空港駅(Zürich Flughafen)に停車した。
中央駅からわずかな時間で空港へアクセスできる環境は素晴らしく、国内特急ICも7路線が乗り入れているという。ただ、国境を超えるECはこのミュンヘン行だけのようだ。
さらに定員の10%ほど客を増やした列車は、スイス、オーストリア、ドイツの3カ国が境界を接するボーデン湖(Bodensee)へ向かって走り始める。
2人掛けを向かい合わせに固定
この「ETR 610型電車」の2等車は、2人掛けタイプの座席になっているにも関わらず、4人が向かい合わせになるよう固定されている。
先ほど乗ったスイス鉄道の標準客車もそうだったが、スイスでは昔ながらの“ボックス席”の形状が好きなのかと思う。
私の斜め向かい席に座った30代から40代とおぼしき女性は、パソコンを開いていたかと思ったら、今度は音楽を聴いたり、さらには編み物まで取り出して忙しそうに見えるが、どこか手持無沙汰感がある。
会話が始まってしまうと不自由な英語で苦労しそうなので、窓の外を眺めることに集中していたが、女性は退屈に耐えかねたのか、どこから来たのか観光なのかなどを尋ねた末に、次のヴィンタートゥール(Winterthur)で降りていった。
チューリッヒ中央駅からわずか25分の距離なのだが、この女性のように向かい合った誰かと会話を欲する客が多いので、あえてボックス形状に固定しているのかもしれないと想像してみた。

人口12万超のヴィンタートゥール、駅利用者はスイスで4番目に多いという。スイスでは「coop(コープ協同組合)」の力が強く、この駅のように商業施設(写真右側)を展開するなど主要駅近くでロゴマークを見かけることが多い(2024年12月)
雪原の丘を走る国際ローカル特急
スイス6番目の都市であるヴィンタートゥールまでにチューリッヒの都市圏は途切れ、山の稜線まで見渡せる広大な農地も目立ってきて、胸がすっとするような車窓が続く。
沿線最後の大都市で3割以上の客を降ろし、ローカル特急らしくなったECの車窓からは、雪に覆われた集落を見ることが増えてきた。
どこか北海道に似てはいるが茫洋した風景ではなく、雪原の丘を走る自転車や犬の散歩をしている人の姿が見え、生活の気配を感じる。そして、小さな街と駅が頻繁に現れた。
丘の先には、真っ白に染めた荒々しい岩肌の山脈が時おり見える。これが「センティス山(Säntis)」という東スイス地方を代表する標高2500メートル級の名峰だという。
今、国際特急ECが走っている「ヴィンタートゥール=ザンクトガレン線(Bahnstrecke St. Gallen Winterthur)」からは右手奥を注意深く目を凝らしておかないと望めないので、アルプス地方のような景勝鉄道でも観光路線でもないのだが、観光ガイドで見るようなスイスらしい山岳風景に初めて出会った。
16時30分、昔の日本国鉄でよく見たような平べったい低層駅ビルが現れ、列車はザンクト・ガレン(St.Gallen)に停車した。駅の標高は約670メートル、ホームには何日か前に降ったであろう雪を集めた小山が残る。
ザンクト・ガレンは、ミュンヘンまでの間では最後となる人口7.8万人の小都市で、この先には小さな規模の街しかない。いつの間にか国境警察官が車内に乗り込んでいて、ランダムにパスポートチェックしながら歩いていく。
昔、スイスに入るとパスポートに鉄道マークのスタンプを押されて嬉しかった記憶が蘇ったが、青いジャンパーを着た初老に近い警察官は私の横をちらりとも見ずに通り過ぎていった。
列車は高原を下るように進み、街がひらけてロールシャハ(Rorschach)という小駅を過ぎたところで左手にボーデン湖(Bodensee)が現れる。17時が近づき、暗くなる直前で沿線最大の見どころに間に合った。冬の鉄道旅は短い日照時間にどれだけ動けるかの戦いだ。
オーストリア経由でドイツへ
ミュンヘン行のEC195列車は、16時49分にスイス国内で最後の駅となるザンクト・マルグレーテン(St.Margrethen)に停車する。夕暮れの寒々しいホームに降りたのは国境警察官だけしか見えなかった。
この列車はスイス・チューリッヒとドイツ・ミュンヘンを結ぶ国際列車だが、ボーデン湖畔のわずかな区間だけはオーストリア国内を通り抜けることになる。
何ともややこしいが、ここはオーストリア連邦鉄道ÖBBの「フォアアールベルクSバーン(S-Bahn Vorarlberg)」という通勤電車もあって、湖畔の「スイス(ザンクト・マルグレーテン)~オーストリア国内~ドイツ(リンダウ)」間を3カ国串刺しで直通運転しているという。
ECは通過するオーストリア国内に7駅あるうちの1つ、ブレゲンツ(Bregenz)にのみ停車。時計は17時ちょうど。わずかに明るさが残る窓の外を凝視し、オーストリアらしさを探し出そうとしたが、駅名標の形が長方形から“角丸長方形”に変わっていたことくらいしか確認できなかった。
赤く染まったボーデン湖を左に眺め、8分ほど走ったリンダウ・ロイティン(Lindau-Reutin)駅からドイツ国内となり、またスイス鉄道と同様の長方形駅名標に戻っていた。
リンダウの街でボーデン湖を離れた列車はドイツ南部バイエルン州を街を坦々と走る。大都市・ミュンヘンはまだ200キロ以上先にあり、2時間弱を要する。
幼い子どもを退屈させないよう何度も車内を往復している親子を見たのは何度目だろう。クリスマスの夜、車内の客は減る一方だし、車窓のない移動は誰もが退屈だ。
こういうけだるい時間帯にこそ、高速専用線で一気に時速300キロくらいで走ってくれないものか、などと勝手なことを考えているが、このチューリッヒとミュンヘン間を3時間半で結べるようになったのはわずか2年ほど前のこと。

ドイツ最初の駅となるリンダウ・ロイティンは、終端駅である旧中央駅(現リンダウ・インゼル駅)に乗り入れることによる方向転換の時間ロスを無くすため、通過可能な駅として2020年12月に開業した(2024年12月)
ドイツ区間の線路改良や電化、スイス鉄道のこの新たな電車導入に加え、初期の遅延続きという失敗を重ねた末によるものである、とウィキペディア(Wikipedia)には特集ページさえ見つかった。
列車は小都市のメミンゲン(Memmingen)とブーフロー(Buchloe)に停まり、19時4分に終点のミュンヘン中央駅に着いた。パリが晩秋ならこちらは真冬というくらい気温差があり、空気が冷やされている。
クリスマスの夜、氷点下であろう寒空の駅前は、ほとんどの店が閉じているが、駅の地下で営業中のスーパーを見つけた。
夜23時まで開いているという「エデカ・エルンスト(EDEKA Ernst)」という名の店は旅行者らで異様な賑わいを見せ、常に長蛇の列ができているのに欧州のスーパーとは思えないほど機敏な動きで客をさばいている。
旅行者で混雑する割に閉じている店が多く、旅するには少し寂しいクリスマスだけど、あまりに活気ある店舗に出会って元気をもらい、冷え切った夜のホテルへ向かった。
明日はミュンヘンの街を1日散策してから、最終目的地であるオーストラリアのウィーンへ向かいたい。
(2024年12月旅行、2025年8月記事公開)



















































