英仏結ぶ「ユーロスター」に踊る心

ロンドン・セント・パンクラス(London St Pancras)駅の「ユーロスター」発着ホーム

ロンドンとパリはこんなに近かったのか――と今さらながら実感したのが国際列車「ユーロスター(Eurostar)」に乗ってからだった。乗車前の面倒な越境手続きや事前予約さえなければ、東海道新幹線で東京と新大阪の間を移動しているかのようにも感じさせられる移動距離だ。

イギリスの首都・ロンドン(London)からオーストリアの首都・ウィーン(Wien)まで約2000キロの鉄道移動を始めるには、まず英仏海峡を越えなければならない。

1994(平成6)年に開通した「英仏海峡トンネル(Channel Tunnel)」(またはユーロトンネルとも)を通ってロンドンとパリを結んでいるのが高速鉄道のユーロスターで、2024年11月に運転開始からちょうど30年を迎えた。

ユーロスターはロンドン(セント・パンクラス駅)とパリ(北駅)間の約350キロを英仏それぞれの高速専用線(英国「ハイ・スピード1 (High Speed 1=HS1)」/仏「LGV北線 (LGV Nord)」)と英仏トンネルを経由し2時間20分~30分で結ぶeurail.comの「ユーレイル路線図 (Eurail map)」を加工・加筆して制作)

ロンドンとパリの所要は2時間20分から30分ほど(2025年1月現在)で東海道新幹線の東京~新大阪間とほぼ同じ。ただ、列車は1日あたり少ないと10本、多いと20本程度が運転される日もあるが、“のぞみ”のように10分も待てば次の列車が来る、というような環境ではない。

なによりイギリスは、欧州各国の国境管理を撤廃する「シェンゲン協定(Schengen Agreement)」に加盟していないし、最近はEU(欧州連合)からも離脱したため、ユーロスター乗車前に行われる出入国審査の厳格さがより増したともいわれる。

英国へ出入りするには必ず出入国審査がある。ユーロスターは出発駅での1回だけで済ませられるが、混雑状況によってはそれなりの時間が必要

飛行機並みの荷物検査も行われるため、少なくとも出発の1時間前には乗車駅へ着かなければならず、ロンドンとパリを移動するには3時間30分以上が必要だ。

また、運賃は季節や日時によって細かく調整され、購入時期によっても変わるので一概には言えないが、スタンダード(一般席)でおおむね片道100ユーロ(1万6000円)から120ユーロ(1万9200円)といったところ。混雑する列車はさらに高くなる。

)1ユーロ=160円で計算

ユーロスターの公式サイトはトップページから割引に関する案内が目立つ(2025年7月、eurostar.comより)

一方、早朝など時間帯によっては片道60ユーロ(9600円)程度という列車も見られ、片道あたり44ユーロ(7040円)という格安往復運賃のチケットも設定されているようだが、航空運賃に似て分かりづらい

ユーロスターは長年、欧州鉄道を自由に乗り降りできる「ユーレイルパス(ユーレイルグローバルパス)」での利用を拒んできたが、2017(平成29)年の年初から30ユーロ(スタンダード、4800円)または38ユーロ(プレミアム、6080円)ほどの座席指定料金を支払うことで乗車ができるようになったのは朗報といえる。

最初は8時1分発のパリ行を狙ったが「ユーレイルパス(ユーレイルグローバルパス)」での利用者枠は早々に売り切れており、1時間早い列車に乗ることになってしまった(2024年12月、ロンドン・セント・パンクラス駅の列車案内板)

ただ、ユーレイルパス客に提供する席数は絞っているらしく、希望する列車の座席が確保できるかどうかは分からない。私は1カ月以上前に確保を試みたが朝8時台の第一希望列車ははじかれ、若干の早起きが必要な7時台の第二希望にまわされることになった。

ロンドン「セント・パンクラス駅」発

セント・パンクラスの“駅舎”(現在はホテル)は宮殿のようでユーロスターが発着するような駅には見えない。右下に写る道路は「ユーストン・ロード (Euston Road)」、この道路沿いにはユーストン(Euston)、セント・パンクラス、キングス・クロス(King’s Cross)の3ターミナルが至近距離で並んでいる(2024年12月)

ユーロスターのロンドン側発着駅はキングス・クロス地区にある「ロンドン・セント・パンクラス(London St Pancras)」で、正面から見て左側に大英図書館(The British Library)、右には“ハリーポッターの駅”として知られるロンドン・キングス・クロス(London King’s Cross)が隣り合っている。

同じ通りの500メートルほど離れた場所にはロンドン・ユーストン(London Euston)駅も置かれており、方面別に3つのターミナル駅が至近で並んでいることになる。

日本では「嘉永」と呼ばれた1852年に建てられたというキングス・クロス駅は、セント・パンクラスのとなりに建つ。小説「ハリー・ポッター」の舞台として、駅舎内には観光客向けに作品内で登場する“9¾番線”の表示も(2024年12月)

ドイツやスイスのように「中央駅(HBF=Hauptbahnhof)」として1カ所にまとめられなかったのは、英国では民間の鉄道会社が主導して路線を伸ばしていたからで、その点では早期に鉄道が発展したアメリカも変わらない。

日本で言えば国鉄(JR)と阪神と阪急がそれぞれ至近にターミナルを設けた梅田(大阪)駅が似た環境と言えるだろうか。

)ロンドンの主なターミナルについては「ロンドンの終着駅で味わう鉄道200年」でも触れた

セント・パンクラスの“駅舎”は全面改装後に高級ホテルとして使われているため、今では鉄道客は回廊としてくぐるだけだが、寺院に来たような雰囲気もある。老朽化が激しかった1960年代には取り壊しの危機に見舞われ、保存運動の末に建物の価値が認められて現在まで残った(2024年12月)

12月下旬のロンドン、夜が明ける気配をまるで見せない朝5時過ぎ。威圧するように闇夜に浮かび上がった宮殿のようなセント・パンクラス駅舎を見ていると、これから高速鉄道に乗るという気持ちがあまり湧いてこない。

寺院にも見えるこの巨大駅舎は、となりに建つアーチ橋のようなデザインのキングス・クロス駅を凌駕したいがために大型化したと言われており、英国の鉄道会社がいかに激しい競争環境にあったかを物語る。

現在はホテルに転用されているというレンガ造りのゴシック建築物に設けられた回廊をくぐると、丸みを帯びた天井の下に広大な駅空間がひらけた。そこには人間を踏みつぶしてしまいそうなほど巨大な男女が抱擁する像まで置かれているが、屋根まではまだまだ余裕がある。

巨大駅舎からセント・パンクラスの駅空間に入ると、10メートル以上ある“抱擁像”がまず目に入る。ユーロスター乗り入れを機とした2007年のリニューアル時に置かれたらしく、古いものではない(2024年12月)

かつて蒸気機関車の煤煙がこもらないように大型化したドーム状の空間は、二層に区切って上部をプラットホームや銅像を置くフロアとして使い、改札口や入国審査、ショッピング街といった重要な機能は下のフロアにある。

そのためか、銅像くらいしかない2階に直結する巨大レンガ駅舎から出入りする乗客は少なく、大半の客は地下鉄駅や隣のキングス・クロス駅からつながる下の階に集まっていた。

蒸気機関車による煤煙を軽減するため高くなった「トレイン・シェッド」と呼ばれる屋根の下は二層になっていて、2階がユーロスターの発着ホームで、地下鉄からつながる1階に改札や待合室、店舗、出入国審査場などが置かれている(2024年12月)

日本では見ることのない贅沢な終着駅に出合えるのは、欧米での鉄道旅行の醍醐味ではないかと思う。地下鉄で地下通路からアクセスしていたらセント・パンクラス駅の威容は分からなかったので、欧州ではまず駅舎を眺めてからホームへ向かうことが大事なのだと実感した。

乗車前には国境手続きと荷物検査

今日は12月23日、明日はクリスマスイブ、明後日はクリスマスということで、セント・パンクラス駅の改札口に代わって立ちふさがる出入国審査場には早朝から長い列ができていて、日本でいう年末年始の空港のような雰囲気があった。

クリスマス休暇に入るためかセント・パンクラス駅は早朝から混雑していた(2024年12月)

30分ほどかかって国境手続きと荷物検査を終える。飛行機の搭乗時と同じだと考えればそれほど厳しさは感じなかったが、鉄道として考えると面倒に思える。

一連の出入国審査後に現れるホーム下の安っぽい空港のような待合室では、帰省なのか観光なのか家族連れの姿が目立ち、フランス語も聴こえるようになってきた。

ホームの下に位置する待合室は少し窮屈な感じもする(2024年12月)

客の言語が混じることで国際列車らしさを感じるが、日本の新幹線に乗る際の手軽さに比べると、ユーロスターは乗車までに出入国手続き時間が予測しづらいため、無駄な待ち時間が多いように感じる。

われわれ日本人と同じく、島国の英国から見ると、鉄道こそ通じていてもフランスもベルギーも“外国”なので、列車に乗って気軽に国境を越えてもらいたいという環境でもないのだろうか。

出発の15分ほど前にホームへ上がるよう放送が流れた、左がパリ行、右がアムステルダム行、両列車は3分違いの時刻で途中のリール・ユーロップ(Lille-Europe)駅まで同じルートを走る(2024年12月)

7時1分発のパリ北(Paris Nord)駅行と、7時4分発のアムステルダム中央(Amsterdam Centraal)駅行の乗車を待つ客で待合室があふれ出した発車の15分ほど前になって乗車案内があり、まるで旅情を感じられない簡素なホームへエスカレーターで上った。

ロンドン・パディントン(Paddington)駅のように行き止まりとなったホームの端から乗車できれば鉄道旅の期待感も高まると思うし、開業時にユーロスターの発着駅として使っていたロンドン・ウォータールー(Waterloo)駅はもう少し明るいホームだった。

高い天井の「トレイン・シェッド」部分を外れると、荷物ホームのような雰囲気(2024年12月)

セント・パンクラス駅は外観こそ豪壮な国際駅だが、大屋根の下を外れた延長ホーム部分は愛想がなく、これでホームが低ければ米国アムトラックのターミナルと言っても違和感がないほどだ。

荷物駅感が漂っているうす暗いホームでは、e320という少し新しいタイプの車両が充てられたパリ北行と、ユーロスター開業時からの元祖車両を使ったアムステルダム中央行が並び、古いほうは昔のカラーリングこそ変えているが、窓が小ぶりで車体が薄汚れていた。

パリ北行は新しいタイプのユーロスター車両を使用。上級クラス座席なのに進行方向と逆を向いているのは気になるが…(2024年12月)

アムステルダム行は“元祖”タイプのユーロスター車両、どこか薄汚れているようにも(2024年12月)

船にでも乗るかのようにのんびり客が乗り込んでいる様子を見ると、クリスマス休暇シーズンであっても、5分間隔くらいで慌ただしく列車が走る年末年始の東海道新幹線などとは違う時間が流れているように感じる。

40分ほどで英仏海峡のトンネルへ

乗り込んだパリ北行のユーロスターは16両編成の座席がほぼ満席で、“2等車”のスタンダードクラス車両はJR在来線の特急並みの環境。2人掛け座席は、欧米名物といえる非回転式の“集団見合い型”でもある。幸い、日本の代理店が進行方向の座席を確保してくれていた。

普通車(スタンダードクラス)は2人掛けシートが2列、日本の新幹線のような広さはなく、座席も回転しない(2024年12月)

列車は朝7時1分という中途半端な時間にセント・パンクラス駅を離れ、夜のようなロンドン市街を走り始めた。

朝食を購入に9号車の「ユーロスターカフェ(Eurostar Cafe)」と名付けられた半室売店へ向かう。売店というより、かつて新幹線にあったビッフェくらいの存在だろうか。思い切り冷やされた硬いパンのハムチーズサンドを立って食す。

「ユーロスターカフェ」と名付けられた“半室売店”は16両編成に2カ所ある(2024年12月)

ユーロスターカフェでは立って食すこともできるので、ビッフェとも言える(2024年12月)

となりの8号車にも店員だけが違うまったく同じカフェが連結されていて、16両のうち9両ほどある“2等車客”の飲食を担っている。

上級クラスだと食事の提供があるので、円高の頃に喜んで“1等車”に乗ったのだが、今は1000円出してもパサパサのサンドイッチ1つさえ買えない円安環境に物価高騰も重なっているので、上級クラスに乗る勇気が出なかった。

円安&物価高騰の今、車内でちょっとしたサンドイッチを買うだけでも1000円以上する(2024年12月)

パリ北行のユーロスター9004列車は、ロンドンから40分ほどで英仏海峡下のトンネルに入った。

イギリス国内の車窓を期待していたが、クリスマス時期の朝7時台はまだ夜が続いていて、「ハイ・スピード1 (High Speed 1=HS1)」と呼ぶ高速線上にあるストラトフォード(Stratford)やエブスフリート(Ebbsfleet)といった駅さえ確認することはできず、高速線から見えるはずのアシュフォード(Ashford)の街も薄明りのなかだった。

英国側に高速線が完成していない頃のユーロスターは信じられないほどノロノロ走っていて、車窓を楽しむより眠くなった記憶がある。

ドーバー海峡下のトンネルに入っても頭上のモニターに時おり豆知識紹介のようなものが出るだけで坦々と走る(2024年12月)

今は全線にわたって高速で走るが、ユーロトンネルへ入っても話題にする人もなく、頭上のディスプレイに遠慮気味の表示が時おり出るだけ。

自動車をそのまま積み込める「ユーロトンネルシャトル (Eurotunnel Shuttle)」という貨物兼旅客列車があるのですれ違わないだろうかと期待したが、トンネルは単線のようだった。

1994(平成6)年に開通したの英仏海峡トンネルの長さは50.45キロあり、青函トンネル(53.8キロ)より少し短い(2024年12月)

車内は、仕事以外のクリスマス休暇客が埋めているはずなのにほとんどが寝ていて妙な静けさが漂う。平日朝の東海道新幹線のような雰囲気さえある。

英仏海峡を貫く大事業であっても、30年も経てば日常となって関心が薄くなるのは、日本の青函トンネルも同様といえる。長時間にわたって何も見えない長大トンネルは、苦労の割には評価が低い。

長いトンネルを抜けるとフランス

海峡トンネルを抜けると、英国時間で8時、欧州時間で9時ごろにようやく夜が明けてきた、冬の列車旅は外を眺められる時間が短い(2024年12月)

全長約50キロの海底トンネルを20分ほどで抜けると、時刻が8時(英国時間)に近づいてようやく夜が明け、なだらかな緑の丘が窓の外に広がった。カレー(Calais)の街だろうか。ここからはフランス国内だ。

車窓を楽しめるようになったが、ユーロスターは「LGV北線 (LGV Nord)」と呼ばれる人里離れた高速線を走り続けているので街が現れることもなく、緑の起伏と、そこら中にある風力発電の風車を眺め続けている。

欧州の高速運転区間は日本のように高架となっている区間は少ない(2024年12月)

それでも夜明けとともに異国の風景が少しずつ鮮明になってくる感覚は、初めての地に夜汽車で出かけたときのように心が躍る。

農地ばかりの風景にぽつぽつと家や建物が遠くに現れ、すれ違う列車も多くなってきて、少しずつ巨大都市パリの輪郭が浮かんでくるのもユーロスターならではの楽しみではないかと思う。

高速線なので人の住まない地を走る区間が多いが、時おり集落が見えると嬉しくなる(2024年12月)

ベルギー方面と分岐する途中のリール・ユーロップ(Lille-Europe)駅あたりで停まってくれれば面白いのだが、2020年の新型コロナ禍を経て途中駅に停車するユーロスターは少なくなった。出入国審査や荷物検査の手間がかかる国際列車なので、利用の少ない途中駅で乗降をさせたくないのだろう。

窓の外を凝視していたが、線路の数が多くなったことくらいしかリール・ユーロップ駅の様子はわからなかった。高速列車なので一瞬で通り過ぎる。

緑の切れ間に集落の姿がちらちらと見えることが多くなり、次第にパリが近づいていることを感じさせられた。

ロンドンからパリ北駅まで2時間20分

パリ郊外の通勤電車「RER」(エール・ウ・エール=イル・ド・フランス地域圏急行鉄道網)の姿が見えると、パリ北駅は近い(2024年12月)

風車と丘陵と鉄塔に見飽きた頃、家々の姿がめずらしくなくなってきて、列車はパリ郊外にあるシャルル・ド・ゴール国際空港のあたりに至ったようだ。

幾度も行き交う二階建ての通勤電車と壁面の激しい落書に迎えられ、ユーロスターは速度を緩めてパリ北駅に滑り込む。

ロンドン・セント・パンクラスから2時間19分、腕時計は9時19分を指しているが、英国と1時間の時差がある欧州大陸では10時19分となる。早起きしたのに若干損をした気持ちだ。

ロンドン・セント・パンクラス駅から2時間19分で定刻通りにパリ北駅に到着した(2024年12月)

長いホームを歩くとパリ北駅の駅舎が見えてきた(2024年12月)

ホームを歩いて駅舎の三角屋根に覆われた終端部に入ると、パリの玄関口に着いたことを実感する。もう入国審査も改札口もない。英仏海峡を通るユーロスターは、すべてのチェックを乗車駅で行う仕組みとなっている。

パリ北駅の行き止まり式のホームに到着したユーロスター(2024年12月)

英国のターミナルほど格調の高さを感じないし美しいとも思わないが、パリ北駅のどこか雑多で庶民的な雰囲気に触れると、ヨーロッパに着いたんだなと緊張と期待が高まってくる。英国では現れることのない気持ちだった。

目的地であるオーストリアのウィーンまでは、無理をすれば1日で行けてしまう距離だが、せっかくのユーレイルパス(ユーレイルグローバルパス)の旅なので、パリの街を散策してから、ドイツとスイスの鉄道路線を味わいながら移動していこうと思う。

パリ北駅の構内(2024年12月)

(2024年12月旅行、2025年7月記事公開)