昔から大阪港が好きで、テーマパークの影も形もなかった頃の桜島線や、大阪駅から市バス1本で行ける天保山は、いちばん近い海として1980年代中ごろの少年期から青年期にたびたび訪ねていた。
観光的な要素が皆無だった時代の乾いた港街では、海面に浮かぶ貨物船を眺めながら、地面に残る貨物線の線路を見つけるのが密かな楽しみ。華やいだ雰囲気の一切ない水辺の風景も、油のにおいも心地が良かった。
河口に隔てられた天保山と桜島の間には「天保山渡船場」と呼ばれる無料の市営渡船があり、何度世話になったかわからない。黒っぽいダルマ船とともにオイル臭が入り混じった潮風を浴びる爽快さは、“天保山~桜島観光”のクライマックスだった。
時代が平成に入って1990年になると天保山に大型水族館が建てられ、その10年ほど後には桜島に米国産大型テーマパークが上陸。乾いた港町から浮ついた観光地へと変貌し、私には用のない場所となっている。
その後、生まれ育った大阪を離れたこともあって、何十年も大阪港に近づくことはなかったが、4年ほど前に「舞洲(まいしま)」へ行かねばならない機会が訪れた。

大阪港の概略図、人工島は「南港(咲洲=さきしま=地区)」「舞洲(まいしま)」「夢洲(ゆめしま)」の順で誕生。南港は昭和初期から埋め立て計画が進められていたが、本格化したのは1958(昭和33)年。軟弱地盤に苦しめられながら1980(昭和55)年に埋め立てを完了。舞洲は1972(昭和47)年から1987(昭和62)年まで廃棄物を埋め立てた。夢洲は1985(昭和60)年に廃棄物を受け入れ、現在も最終処分場として活用しているという。フェニックス計画や新島地区などと呼ばれる大阪沖の新たな埋立処分場は2001(平成13)年に着工し、2009(平成21)年から廃棄物の受け入れを開始した(大阪港湾局広報冊子「PORTs of OSAKA 2025」より)
大阪港に浮かぶ人工島は「洲(す)」の字を「しま」と読ませる島名が付けられていて、陸地を拡張したイメージの強い巨大な「南港」でさえ一連の埋立地には咲洲(さきしま)という名が付けられている。
その南港などと比べると、舞洲は規模も小さく、既存の陸地から距離があるように見え、地図上では離島感がある。鉄道が敷かれていない点もそう感じさせるのかもしれない。
一方で舞洲は、野球場やら体育館やら緑地やら倉庫群やらで既に開発され尽くしており、旅の訪問地としては若干面白味に欠ける。完成しすぎて、廃棄物で埋め立てられた人工島の面影はない。
そこで目を付けたのが隣に浮かぶ夢洲へ渡ることだった。
その時点で2025年の巨大イベント会場となることは決まっていたが、当時はコンテナ埠頭くらいしか完成している施設はなく、未開発の陸地が広がっている状態。
わずかながら路線バス(2024年廃止)も運行されていて、橋と海底トンネルを経由し、舞洲と南港コスモスクエアの両側から訪れることができるようになっていた。
舞洲からの路線バスで降り立った夢洲は、コンテナをけん引した大型トレーラーだけが行き交う埃っぽい街で、島に1軒だけあるコンビニでしか人の姿を見かけない。
コンテナを高く積み上げた埠頭と倉庫以外は土埃の舞う荒地で、期待通りというべきか、通関や運送とイベント会場の造成工事といった業務に携わる人だけが集まる地となっていて、歩道を歩いているような珍客は自分だけ。
トラックは激しく行き交っているのに、アスファルトの荒野に取り残された気分で、非日常を感じられる旅先を見つけたことに満足した。
そんな砂塵にまみれるだけだった夢洲の荒野も、今では命が輝くとか未来社会とかがテーマだという国家レベルの大型イベントが開かれており、天保山や桜島と同じように日々祝祭の雰囲気に満ちている。
世の中の情報流通が極端に少なかった時代の郷愁に浸る中高年だけが大いに喜んでいるように見える公共大型祭典に、輝く未来など感じようもなかったが、私も相応の世代なので、税金を使った大催事自体は楽しかったし、夢洲荒野の激変ぶりにも驚かされた。
短期間で壊すにも関わらず数百億円をかけたという木造巨大建築物や、やけに立派な無数のパビリオンとやらは、公共団体が自らエコなどという風潮に反逆しているようで痛快でもある。
大型イベント会場の次は、隣でカジノ施設の新設が計画されているように、それほど遠くない未来に南港や舞洲と同じように島としての造成完了を迎えるのだろう。同時に家庭ごみなどの最終処分地でもある夢洲は、廃棄物を埋めるスペースを失うことになる。
人が生きている限り廃棄物は永遠に発生し、処理し続けなければならないので、大阪港では夢洲の近くに「フェニックス」とか「新島地区」とか名付けられた新たな人工島を2000年台初頭から造成中である。
いつかは分からないが、この“フェニックス島”もいずれ埋め立ては終わる。国家公認のギャンブルタウン建設や巨大公共イベントでの活用が再度許されるとは思えないが、都心に生まれる未開の“離島”として、その行方は気になる。
(2025年6月公開)










