ロンドンの終着駅で味わう鉄道200年

ロンドン・パディントン駅

世界初の本格的な鉄道がイギリスに誕生してから2025年で200年の節目を迎える。ロンドンに点在するターミナル駅を巡ると、鉄道黄金期の栄華とともに、現在まで生き抜いてきた逞しさと歴史の重さが感じられた。

蒸気機関車を使った初めての鉄道は、イギリス北東部で1825年9月27日に開通した「ストックトン・ダーリントン鉄道(S&DR:Stockton and Darlington Railway)」という石炭輸送を目的とした40キロほどの路線で、これが現代鉄道の始祖とされている。

1825年は日本でいう「文政8年」で、江戸幕府が異国船打払令を出したり、シーボルト事件が起きたりと、鎖国中の我が国も海外との接点を持たざるを得なくなりつつあった時代だが、英国人を招いて鉄道を開業させたのはそれから半世紀近く経った1872(明治5)年10月のことだった。

3年前の2022年には「日本の鉄道150年」として新型コロナ禍のなかで少しだけ盛り上がりを見せたが、今年2025年はイギリスの鉄道だけでなく「世界の鉄道200年」でもある。

ロンドン中心部の主要ターミナル駅の位置図、中心部に乗り入れができていない点が特徴で「ロンドン駅」や「ロンドン中央駅」は無い(Wikipedia「London station group」の地図を一部加工)

首都ロンドンでは、ストックトン・ダーリントン鉄道の開通から遅れること10年超、1836年になって蒸気機関車による鉄道と駅が誕生しているので、実際はまだ190年ほどの歴史なのだが、今も残る巨大なターミナル駅の建物を見ていると、10年などわずかな誤差にしか思えないほど重みを感じさせられる。

鉄道200年の軌跡を求め、ロンドン・ブリッジ、ウォータールー、パディントン、キングスクロス、セントパンクラスの5駅を巡ってみた(訪問は2024年12月下旬)

最古で最新のロンドン・ブリッジ駅

ロンドンで最古のターミナルは、約190年前の1836年12月14日に開業したロンドン・ブリッジ(London Bridge)駅だと言われている。

駅の再開発で生まれた87階建ての高層ビルが背後にそびえるロンドン・ブリッジ駅(2024年12月)

この駅は、天文台と標準時で知られるグリニッジ(Greenwich)の街を結んだ「ロンドン・グリニッジ鉄道(L&GR=London and Greenwich Railway)」の都心側ターミナルとして誕生した。

ロンドン橋落ちた”の歌と曲で知られる橋の近くにあり、観光名所「タワーブリッジ(Tower Bridge)」へはテムズ川沿いの遊歩道を通じて駅からアクセスできる。

これまでに幾度も再建されており、最近では2018年までの再開発で一新。以前の姿を知らないと歴史的な価値を感じづらいが、ロンドンでもっとも古くて新しいターミナルなので、タワーブリッジの見学がてら、87階建て超高層ビルと近接する駅の姿を一見してみる価値はある。

ウォータールーの盛況駅ナカと再開発

ロンドン・ブリッジ駅と同じテムズ川の南側にある重要なターミナルが1848年7月開業のロンドン・ウォータールー(London Waterloo)駅だ。

かつてユーロスターが発着したウォータールー駅のホームには郊外線が発着する(2024年12月)

今から30年前、英仏海峡トンネル(Channel Tunnel)が開通し、1994年11月からロンドンとパリ/ブリュッセルを結ぶ国際列車「ユーロスター(Eurostar)」の発着駅に選ばれたのがウォータールーだった。

観光客にもなじみ深かったが、英国側の高速線が完成したことを機にユーロスターの発着駅は2007年11月からロンドン・セントパンクラス(London St Pancras)に移されている。

駅舎と一体化したようなビクトリー・アーチが象徴的なウォータールー駅、右側に近接するオフィスビルは閉鎖され、再開発の日を待つ(2024年12月)

1907年から1922年までに建設されたといわれる現在のウォータールー駅で、象徴的な存在である戦争記念碑「ビクトリー・アーチ(Victory Arch)」(第一次世界大戦で亡くなった鉄道員のために設置)は今も堂々とした存在感を放っているが、隣接するオフィスビルが廃墟のままで放置されるなど、周辺は少し雑然としている。いわゆる“駅前再開発”を進めている最中だ。

国際ターミナルとしての立場こそ返上したウォータールーだが、通勤駅としてはロンドンでベスト3に入る利用者があり、駅構内の賑わいは見どころ。

特に2012年のロンドン五輪を前に行われた改修で“駅ナカ店舗”を拡充させ、現在も売上が伸びているという。

高い屋根を生かして中二階のような形でデッキと飲食店テナント(写真右側)を設けているウォータールー駅、売上は好調だという(2024年12月)

最近では日本でおなじみの「丸亀うどん」も駅構内にオープンしており、思わずイギリステイスト化したさぬきうどんを味わってしまった。

再開発で今後の駅前風景が変わることは間違いないので、時間があれば立ち寄って風景を心のなかに刻み付けておきたいターミナルである。

米国で制作された映画「哀愁」(原題「Waterloo Bridge」、1940年)の舞台で原題でもあるウォータールー橋は駅の近くにあり、映画好きなら訪れる動機はより高まるだろう。

優雅な高い屋根を残すパディントン駅

国外の観光客がもっとも訪れる機会の多いターミナルがロンドン・パディントン(London Paddington)駅だ。

高い屋根は蒸気機関車が走っていた頃の名残りだが、今はターミナル駅を華やかな空間とするための重要な役割を担う(パディントン駅、2024年12月)

ロンドン・ヒースロー空港(Heathrow Airport=LHR)からの直通列車「ヒースロー・エクスプレス」(Heathrow Express)が発着することに加え、最近では空港アクセスも担う郊外鉄道「エリザベス・ライン」(Elizabeth line)の地下駅も設けられた。(空港への鉄道アクセスの話題はこちらに書いている

パディントン駅で一番の見どころは、「トレイン・シェッド」と呼ばれる一部がガラス張りになった高い屋根で、1854年に建てられたものの一部だという。

蒸気機関車による煤煙が立ち込めないよう高くしているのだが、ディーゼルカーを含めて煙の出る列車などほぼ無くなった今では、優雅な終着駅空間を演出するための装置として存在している。

日本では見たこともない解放感のある駅空間が現在まで残されているからこそ、「くまのパディントン」(Paddington Bear、児童文学)のような名作絵本が生まれたのではないかと思ってしまう。

パディントン駅の1番線ホームに置かれた「くまのパディントン」像は人気スポット(2024年12月)

パディントン駅は、鉄道デザインの「ブルネル賞」にその名を残す土木技術者のイザムバード・キングダム・ブルネル(Isambard Kingdom Brunel、1806~1859年)が設計し、当時の「グレート・ウェスタン鉄道(GWR=Great Western Railway)」の威信をかけて建てられたものだった。

今も駅の原型を残し、同名のグレート・ウェスタン鉄道が列車を走らせている点でも、英国でまず訪ねたい必見のターミナルといえる。また、作品を知る人には、くまのパディントン像を見るだけでも価値があるだろう。

鉄道黄金期を伝える2つのターミナル

鉄道王国のイギリスを象徴するターミナルがロンドン・キングスクロス(London King’s Cross)とロンドン・セントパンクラス(London St Pancras)の両駅だ。

1852年に建てられたキングスクロス駅は印象に残る姿(2024年12月)

北部のヨーク(York)を結ぶ「グレートノーザン鉄道(GNR=Great Northern Railway)」が1852年10月に建てたキングスクロス駅に対し、その真横で「ミッドランド鉄道(Midland Railway)」によって1868年10月に設けられた巨大駅がセントパンクラスだった。

キングスクロス駅に対抗して16年後にとなりで建てられたセントパンクラス駅は、一見して駅には見えない壮大なゴチック建築物。この建物は駅の出入口であるとともにホテルとして使われている(2024年12月)

後に建てられたセントパンクラスは、20世紀最大と言われたミッドランド鉄道の勢力を誇示するかのようなホームの巨大空間と、駅の出入口を兼ねた荘厳なゴシック建築のホテルによって構成され、今もその多くが残されている。

イギリスの鉄道史家であるクリスティアン・ウォルマー(Christian Wolmar)は「世界鉄道史~血と鉄と金の世界変革」(原題「Blood, Iron and Gold」、安原和見・須川綾子訳、2012年河出書房新社刊)のなかでセントパンクラスを「一九世紀における世界一豪壮な駅」といい、キングスクロス駅の隣に建てたことに「鉄道会社どうしの常軌を逸した対抗心を、これほど如実に物語るものはないだろう」と評している。

セントパンクラス駅のホーム部分、巨大すぎて中2階を「ユーロスター」のホームとし、地下に待合室や店舗、出入国審査場などをまとめている(2024年12月)

イギリスの鉄道は政府が深く関与せず、民間の主導で建設された。当時のロンドンはすでに中心部でまとまった土地を確保することが難しかったこともあり、各社が周辺部に自社のターミナルをそれぞれ設けたといわれる。

ドイツのように「中央駅(HBF=Hauptbahnhof)」としてまとめるような動きもなく、その結果、「ロンドン」を冠したターミナル隣り合って並ぶことにもつながった。

セントパンクラスほどではないが、キングスクロス駅の駅構内も賑やかで飲食店テナントも充実。「ハリー・ポッター」の撮影スポットとグッズ売場もある(2024年12月)

鉄道の黄金時代を象徴するかのような終着駅は、旅行者からすると見どころは多いが、毎日使っていると乗り換えなどで面倒は多いはずで、日本の「湘南新宿ライン」や「上野東京ライン」のようにターミナル間を直通運転してくれよ、と思っているかもしれない。

イギリスは鉄道先進国として先行者利益を享受したまではよかったが、ロンドン地下鉄に見られるように残されたインフラの老朽化や不便さの問題は今も横たわる。

1960年代には古い駅舎を取り壊す風潮さえ生まれており、たとえば、セントパンクラス駅から500メートルほど離れた同じ通り沿いにあるロンドン・ユーストン(London Euston)駅では歴史ある駅舎が取り壊され、今は平凡な見た目の建物となっている。

平凡な駅舎に変わったユーストン駅だが、20世紀初頭の巨大鉄道会社「ロンドン・アンド・ノース・ウェスタン鉄道(LNWR)」によって1921年10月に除幕された第一次世界大戦の戦争記念碑は100年以上を経た今も残る(2024年12月)

セントパンクラス駅の象徴で出入口を兼ねた巨大ホテル(旧「ミッドランド・グランド・ホテル」、現「セント・パンクラス・ルネッサンス・ホテル」)も同時期に取り壊されようとしていたが、保存運動もあって守られたのだという。

セントパンクラス駅の外観は、近年では映画「ハリー・ポッター」の撮影にも使われた。同作品はとなりのキングス・クロス駅が舞台となっており、駅構内には「9と3/4番線」の記念撮影スポットとグッズ売場があり、世界中から同作品ファンが集まる人気スポット化している。

200年におよぶ鉄道の栄華と現在地を感じるうえでも、キングスクロスとセントパンクラスの両ターミナルは必ず訪れたいロンドンの名所といえる。

中心部に近い場所に位置するチャリングクロス駅は巨大ではないが、ホテル兼出入口は風格を感じさせる(2024年12月)

なお、ロンドンのターミナル駅は、最多の乗降客数を誇るリバプールストリート(Liverpool Street)や、利用者数でベスト5に入るヴィクトリア(Victoria)、中心部から近いチャリングクロス(Charing Cross)など、他にも多くあり、その雰囲気や歴史は有力な観光スポットの一つになりうるはずだ。

(2025年1月公開)

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