紙の切符を使いたいなら1乗車あたり最低でも1340円(6.7ポンド)が必要――というのがロンドン地下鉄(London Underground)独特の流儀で、現地の交通系ICカードやタッチ決済対応のクレジットカードなどを持っていないと、それでなくても高額な運賃がさらに跳ね上がることになる。
では現地交通系ICカードやクレジットカードのタッチ決済なら運賃はいくらになるのかと言えば、初乗りで2.7ポンドと日本円(1ポンド200円で計算)にすると540円。日本のタクシー初乗り並みだ。乗車区間が長くなって別の「ゾーン」に移れば運賃が加算されていき、朝夕のラッシュ時間帯に乗るとさらに高くなる。(※2025年3月2日から値上げし、初乗りは2.8ポンド、ピーク時初乗りは2.9ポンドとなった)
市内中心部(ゾーン1と2の範囲)なら地下鉄・バスに何度乗っても1日最大8.5ポンド(1700円)以上はICカードやクレジットカードから引かれることはない(デイリーキャップ=Daiiy capsという)ので、これが1日券代わりともいえる。(※2025年3月2日から値上げしたことにより、デイリーキャップは1日最大8.9ポンドとなった。詳細はこちら=英語を)

ロンドン地下鉄の運賃案内、ここに紙チケットの1回乗車券(6.7ポンド)の案内は無い。ICカード・クレジットカードなどによる初乗りの最低価格はオフピーク1ゾーン内の2.7ポンド(540円)だが、ピーク時(平日6:30~9:30/16:00~19:00)は2.8ポンド(560円)に上昇。1日に引かれる最大の運賃(デイリーキャップ=Daily caps)はゾーン1と2だけを使うなら8.5ポンド(1700円)となる。なお、紙チケットで買える1日乗車券「デイトラベルカード(Day Travelcard)」はゾーン1~4に使用できるが15.9ポンド(3180円)と高価。この運賃案内は2024年12月時のもので、2025年3月以降は値上げで変わる予定
これらの運賃額は2025年1月時点の情報で、今年3月には平均4.6%の値上げが予定されているのでさらに上昇してしまう。
なぜロンドンの地下鉄運賃は、高額なうえに値上げまでするのか。経営環境があまりよろしくない、ということが大きな理由と言えるだろう。
鉄道発祥の国の首都にある地下鉄なので、当然世界で最古ということになり、一番古い路線は1863年に開業したという。日本では江戸時代末期の「文久」と呼ばれた頃にはもうロンドンでは地下鉄が走っていた。
開業から160年以上が経って老朽化が進む設備の維持や管理に苦慮し、なおかつ政府からは自立を求められていて補助金も出ない、というのが運賃が高くなる理由のようで、近年は新型コロナ禍もあってさらに値上げせざるを得ない状況に追い込まれている。
そんな苦境が続いてきたなかで、ロンドン交通局(TfL=Transport for London)はチケットの電子化が交通経営を効率化する好機ととらえ、2003年から導入したICカード「オイスターカード(Oyster Card)」の普及を推進。

ロンドンで地下鉄やバスに乗る際には欠かせない「オイスターカード(Oyster Card)」はカード代だけで7ポンド(返金不可)もするのがロンドン交通局らしいといえるだろうか。背後に写る券売機の「No Change Given(お釣りは出ない)」という表示も現金利用時は注意したいところ
さらに、2014年になると世界でもいち早く“タッチ決済”に対応したクレジットカードを改札機で直接使えるようにした。現在ではモバイル決済(Apple PayやGoogle Payなど)にも対応している。
一方、手間のかかる現金の扱いや紙のチケットをやめる動きも進めており、2016年からロンドン交通局の赤い2階建てバスから現金での支払いを完全排除し、ICカードとクレジットカードなどのタッチ決済での支払いのみに限定した。
地下鉄では紙チケットの廃止こそしていないが「初乗り6.7ポンド(1340円)」という設定は、現金での支払いを事実上拒否しているともいえる。多額の税金をかけられて無茶な価格で売られている煙草のような存在にも見える。(※2025年3月2日の値上げで紙チケットは7ポンドとなった)
なお、紙のチケットならどこまで乗っても均一となっているので、市内中心部から「ヒースロー空港(Heathrow Airport)」まで乗るのならそれほど損をした気にはならないかもしれないが、それでもICカードなどを使ったほうが安い(ICカードで5.6ポンド)ことに変わりはなく、徹底的に“切符”は排除したいようである。
ロンドン交通局の「脱現金」の考え方が市民にも浸透したのか、市内の店舗などでも現金よりもクレジットカード類での支払いを求める傾向が見られるようになった。ロンドンの街でもキャッシュレスが一段と浸透したようだ。
交通系オイスターかクレカは必須
このような環境なので、市内を地下鉄やバスで移動する場合はロンドン独自のICカード「オイスターカード(Oyster Card)」を入手するか、クレジットカードのタッチ決済やスマートフォンのモバイル決済を使うか、ということになる。
オイスターカードは駅の券売機で手軽に入手でき、券売機は日本語表示も可能だ。ただし、カード自体の購入費だけで7ポンド(1400円)が必要で、一度買うと返金はできない。
わずか500円で入手できて使わなくなれば返金も可能なSuica(スイカ)やPASMO(パスモ)といった日本の交通系ICカードがいかに良心的かを実感させられる。
短期滞在者としてはオイスターカードよりも、タッチ決済対応のクレジットカードやモバイル決済を使うのが最適なのだろうが、ロンドン地下鉄の改札システムが本当に信用できるかどうか、という懸念が個人的には残った。
瞬時に処理できる日本の交通系ICカードのシステムに慣れていると、微妙なひと呼吸(一瞬)を置かなければ反応しないロンドン地下鉄の改札機は、若干不安に感じてしまうのだ。
万が一、カード情報が改札機で読み取られないまま乗車した場合は利用者の責任となり、場合によっては不正乗車とみなされるか、いつの間にか最高額の運賃が引かれている可能性があり、そうした事例も実際に報じられている。
ロンドン地下鉄のカード読み取りシステムが若干怖い、ということで7ポンドを払ってオイスターカードを購入し、必要額のみチャージ(現地ではチャージではなくTop-upと呼ぶ)した。自社開発のICカードくらいは正しく認識してくれるだろう、という思いからだった。
日本の交通系ICカードシステム(ソニーのFeliCa技術)は機能過剰で国外では香港くらいでしか導入されていないため「ガラパゴス」などと言われているが、私のような利用者も日本基準に慣れ過ぎてしまって、若干緩い国際基準に対応できない“ガラパゴス思考”になっているのかもしれない。
(※)ICカードの購入もクレジットカードなどの使用も避けたい場合は、駅の券売機で発券可能な紙の「デイトラベルカード(Day Travelcard)」と呼ばれる1日券を買う方法もあるが、最低価格は15.9ポンドと日本円にすると3180円。これは2025年1月時点の情報で、デイトラベルカードが値上げされたり、廃止される可能性もある
独占企業なのになぜ苦しい地下鉄?
世界初という存在のロンドン地下鉄だが、160年超を経た現在では、駅のバリアフリーが遅れていたり、車両に冷房さえ備えていなかったり、長い歴史ゆえの苦心は垣間見られる。日本でいえば銀座線をかなり劣化させたような路線が散見された。
欧州を代表する大都市・ロンドンの中心部で独占的に鉄道を運営できる強みを持つのになぜなのか、と思う。
ロンドン市外の鉄道(主に旧国鉄の中長距離路線や郊外路線)の大半は、パディントン(Paddington)やウォータールー(Waterloo)、ユーストン(Euston)、セント・パンクラス(St.Pancras)、キングス・クロス(King’s Cross)、ヴィクトリア(Victoria)といった行き止まりになった終着駅タイプのターミナルを発着する列車が大半のため、街の中央部へ行くには地下鉄やバスに乗り換える必要がある。
ターミナル駅のなかではセント・パンクラスとキングス・クロスは隣接しているが、基本的に各ターミナル間は一定の距離があり、その間の移動は主に地下鉄路線が担う。乗客は乗り換えの不便を強いられるが、地下鉄の経営的には悪いことではないはずである。
それでも値上げを繰り返し、不便な駅や古い電車を使い続けざるを得ないのはどんな背景があるのかを考え込んでしまった。短時間滞在の部外者としては、先駆者ならではの苦労があるのだろう、としか結論が出ないのだが、英国鉄道は日本の鉄道の師でもある。
注目したいのは2022年に開通したばかりの「エリザベス・ライン(Elizabeth line)」で、ロンドン郊外やヒースロー空港などから中心部の東西を貫く最新路線となっており、イメージとしては東京メトロ副都心線や大阪のJR東西線のような存在だ。

2022年に開通した「エリザベス・ライン(Elizabeth line)」の案内ページ(ロンドン交通局)
ロンドン中心部の東西で分断されていた2つの郊外線をつなげた新路線で、エリザベス女王の名を路線名に用いたように「クロスレールプロジェクト」と名付けた国家的な取り組みとして長年かけて完成させた。
2025年5月からこの路線の運営に東京メトロと住友商事がロンドン交通局からの受託者という立場で参画する。
これを機に日本の地下鉄運営ノウハウを注入し、ロンドンの地下鉄に好影響を与え、少しでも運賃を安くしてほしいと密かに願っている。
実は廉価な「赤いロンドンバス」
2階建てで知られる赤いロンドンバスについて書くきっかけがここまでつかめなかったが、地下鉄が運賃を頻繁に値上げする一方、バスは1回乗車(1時間以内なら乗り換えも可)あたりの運賃が1.75ポンド(350円)に抑えられている。
バスだけなら何度乗っても1日あたり5.25ポンド(1050円)以上は引かれないし、地下鉄と併用しても1日あたり最大8.5ポンド(1700円)となる(地下鉄のゾーン1・2を超えると上限額は上がるが観光で超えることはあまりない)。
今年3月の地下鉄値上げ時もバス運賃は据え置く予定で、ロンドン交通局としては、生活困窮者の移動はバスで担う、という考え方のようだ。
実際にロンドン交通局の赤いバスは市内のいたるところに走っており、何本かバスを乗り継げば市内中心部からヒースロー空港まででもアクセスができる。それだけ路線数が多い。
バスだけで巡るロンドン、なんて旅も面白いと思うが中心部は渋滞が激しいので、バスのみでどれだけ周遊できるかは運次第ということになりそうだ。
(2025年1月公開)










